1 憂鬱な月曜日
日曜日も畦道から中嶋の家の前までを探してみたがやっぱり石はなかった。手がかりもなしに一体どうやって見つければ良いんだ。絶望感でいっぱいの太一とは対照的に道守は、ご満悦で学ランの胸ポケットに収まっている。
「今日は11月だけど暖かくて気持ちいいな」
上機嫌で口笛まで吹いている。
席に座り中嶋を待ち構える。なんとしても早く石を見つけなくては。
「おはよう太一。今日も芋っぽいね~」
則は朝から上機嫌でニタニタしている。
「で、中二病は土日で良くなったの?」
(人のことを中二病扱いしやがって!お前のせいで俺は・・・)
「それより。これ見てよ!」
則の右手には手のひらサイズの薄い四角い物体がのっている。そこから白いコードが耳元につながっている。
「最新のMDウォークマン。政にいと昨日秋葉原で買ってきたんだ。人気だから品薄で、特にこのブルーは手に入りにくいんだよな。これだって現品限りだったんだから!」
(またお得意の東京自慢か・・・)
チャイムが鳴りもやしが入ってきた。今日は淡いピンクのYシャツにブルーのストライプのネクタイを合わせている。もやしにしては、洒落ている。
「詳しい話は、昼休みにするから。もやしに注意されるからちゃんと前向いとけ!」
「はいはい。分かったよ。遅れてきた中二病の芋一くん」
「芋か、芋があるのか?太一。俺は芋は好きだぞ」
おまけに今日は、胸ポケットの道守までトンチンカンなことを言っている。
昼休みになると左手で弁当箱をつかみ右手で則を引っ張って軽音楽部の部室に向かう。11月はじめに文化祭でバンドを組んだがメインイベントが終わり、全員燃え尽きて今は閑散期。多分昼休みも誰もいないだろう。
「ちょっと太一、そんなに引っ張るなって!」
さっさと則を部屋に放り込んで念のため鍵をかける。
「なんだよ、荒っぽいな。それにそんなに怖い顔して」
「まあいいからそこの椅子に座れ!」
乱暴に椅子をつかむと向かい合わせで並べる。
「則、まだ信じてないんだな」
学ランのポケットがもぞもぞ動く。
「太一、私に良い考えがある。今から俺を則の手の上に乗せてみろ。それから俺が言うことを則の前で繰り返し言ってみるがよい」
ポケットをまさぐり、則の右手をつかんで手のひらに葉っぱを乗せる。
「何?太一?これが魔法の葉っぱかなにか?」
馬鹿にしたように則の顔かにやける。
「則の部屋の・・・。」
道守がしゃべり始めたので、慌てて太一が繰り返す。
「則の部屋の写真を飾っているコルクボードの裏に茶封筒に入ったへそくり3万円が隠してある。あとは・・・」
はっとした表情の則は、瞼をぱちくりさせている。
「まさか太一、先週遊びに来たときに見つけちゃった?」
「それから・・・。机の一番上の鍵のかかる引き出し。そこに中三の時に1っこ下のさとみちゃんにもらったラブレターが大切に保管されている」
「なんで、そんなことまで知ってるんだ?ラブレターのこと太一には秘密にしてたのに」
則は頭を掻きむしりだした。
「それからクローゼットの一番上の棚にあるプラスチックボックスには・・・」
則の顔からさっと血の気が引く。
「待て、待て。やめろ!もういい!信じるから。俺は太一を信じるから!」
頭を掻きむしりながら、立ち上がり、顔を真っ赤にしている。
(青くなったり赤くなったり、全く忙しいヤツだ。一体どんな素敵なものをかくしているのやら)
深呼吸を2~3回繰り返して則は座り直した。
「じゃあ、早速、木曜日に帰り道で転んだときのことを詳しく教えて」
少し落ち着きを取り戻したようで則はぽつぽつ話し始めた。則によると木曜日に政にいからワックスが宅急便で届く予定だったので、早く帰りたくて近道を自転車で飛ばしていた。楠のところの曲がり道でタイヤをとられ自転車のかごの辺りを石に強くぶつけ、自転車ごと吹っ飛んだ。気がついたら自転車のかごはかなり凹んでいるし、ハンドルも少し曲がってしまって、ブレーキもききにくくなっていた。体も節々が痛むし、とても自転車に乗って帰れる状態では無かったので、仕方なく押して帰ることにした。ボロボロの則が自転車を押しながら帰ってきたので、庭木の剪定をしていたじいちゃんが驚いて、自転車は直してやるから着替えて来いって言われたから、学ランを脱衣かごに突っ込んで擦りむいたとこの手当てをしたらしい。ばあちゃんが学ラン洗ってくれるあいだに駄菓子屋の店番。漫画読みながら、ピンクのねじねじの長いゼリー食べ、四ッ矢サイダー飲んでまったりしてたら宅急便でワックスが届き、早速つけてみて髪の毛をよじよじ毛束をつくったりして店番をしていたらしい。
則の話で所々気になることがあった。
(則のヤツ、じいちゃんに自転車修理をまかせて、ばあちゃんに学ラン洗ってもらって、漫画読みながらゼリーに四ッ矢サイダー?甘やかされてるし、相変わらず相当な甘党だ)
残念ながら、則の話から手がかりは何もつかめなかった。
「則、真剣に思い出してくれ!このまま11月30日までに石が見つからないと、ズレが加速して無法地帯になるんだぞ」
則はため息をつきながら
「太一、謎の葉っぱとか、無法地帯とかなんなの?その中二病設定は。なんだ?お前は葉っぱの勇者にでもなったのか?」
(誰のせいで俺がこんな面倒に巻き込まれていると思ってるんだ!)
「則の部屋の一番上の棚に・・・」
則の顔色がさっと青ざめる。
「うわっ!太一、その話はやめろ!見つかるまで太一の言うことを聞くし、太一のこと信じるから」
どうやら太一は則を操る魔法の言葉を手に入れたようだ。
放課後とりあえず則と一緒に下校して、どういう風に転んだか再現してもらうことにした。テレビの強面の刑事が現場100回って言ってたし。
「ここのカーブでタイやとられて自転車のかごからバーンって石にぶつかって、ギャーって叫んでこの辺りまで自転車も俺も吹っ飛んだ」
則の説明は擬音語ばかりでとても分かりづらい。
「それからかごがベコベコになった自転車を押して帰ったわけ。分かった?」
「うん。なんとなく・・・。則、石にぶつかったんだろ?石が欠けたのには気づかなかったの?」
「それどころじゃないよ。あちこち体は痛いし、自転車も滅茶苦茶だし。学ランも汚れたし」
「じゃあこれから則の家までの道を辿って石を探すから。5㎝ぐらいのこけが生えてる石のかけらだぞ」
「はいはい。勇者様のお気に召すままに。忠実な下部は従います」
自転車を押しながら二人で探してみたがまったくそれらしい石は見つからなかった。これだけ探して見つからないのだから帰り道には落ちていないようだ。
「そういえばじいちゃん庭で自転車修理してたけど、一応庭も確認する?でもその前にちょっと休憩しよう」
則のばあちゃんの駄菓子屋のシャッターが珍しく下ろしてある。則は鍵を開けるとシャッターを押し上げた。
「まあ、何でも好きなもの食べてよ。」
則は慣れた様子でピンクとグリーンのネジネジのゼリーと四ツ矢サイダー二本を取り出した。栓抜きで蓋を開けると太一にサイダーとグリーンの方のゼリーを差し出す。太一はサイダーだけ受け取ると一気に三分の一ぐらい飲み深いため息をつく。炭酸の喉を通っていくかんじと爽やかな香りが鼻をぬける。
「やっぱり四ッ矢サイダーは瓶に限るなぁ。この炭酸のキツさがたまらないんだよなぁ」
そういいながらピンクのねじねじのゼリーを器用に口でねじ切るとサイダーとゼリーを交互に口に含む。
「則は相変わらず甘党だな」
「まぁね。このゼリーの人工的な甘みも堪らないんだよ」
学ランのポケットがもぞもぞし道守が顔を出す。実際には葉っぱの上の方が少しポケットからはみ出ている程度に則からは見えるだろう。
「太一。ここはすごいな。色々な色の食べ物がたくさんある。美味そうな匂いもする」
道守は興奮してさらにポケットから身を乗りだす。
「そういえば、どうして今日店閉めてるの?珍しいじゃん」
「あ~、そう、そう。今日から水曜日までじいちゃんとばあちゃん組合の旅行で箱根行ってるからね」
自転車を修理した則のじいちゃんにも聞きたいことがあったがしばらく無理らしい。
「もし石が期限までに見つからなかったら無法地帯になるって行ってたけど何が起こるの?」
「俺にもまったく分からないんだけど、今日の三高見ただろ。あんなに真面目だったヤツが2時間も遅刻してきて、午後も授業サボってただろ。もやしも最近やけに生徒にビシッ注意してるし、服装も垢抜けたよな。それに学食のメニューも変だろ?今週からナシゴレン始めたらしいし。どこの国の料理なんだよ。そんな変化がどんどん加速するらしい」
「ふーん、変化ねぇ。たまたまなんじゃねえの?三高にしてもただの気分じゃない?」
則は残りのサイダーを流し込む。
休憩後、庭を探したが石は見つからない。日が暮れるのが早いので16時半には真っ暗になってしまう。探すのを諦め解散することになった。
翌日も放課後、則の家の庭を探してみた。則のじいちゃんは庭木や盆栽が趣味で、時間があれば手入れしている。元々畑とハウスで小松菜などを育て出荷もしているから庭はかなり広い。母屋や物置の裏も探し、それっぽい石を見つけては、道守に尋ねるが
「違う、全然ちがう」
その繰り返しだ。手がかりは何一つないがとにかく則と一緒に見つけるしかない。
太一は、いつもより早めに風呂に入ると、自分の部屋のベッドに腰掛け、アコースティックギターのケースを開けた。ここのところ石探しで余裕がなく、しばらく練習も出来なかった。毎日触らないと指の動きがあっという間に悪くなる。冷凍庫からこっそり持ってきた抹茶アイスを机の上に置いて、柔らかくなるのを待つ。
「何だ?この甘い匂いは?」
「抹茶アイスだよ」
「確かに少しお茶の香りがする」
太一はミディアムのピックを取り出すと、文化祭の後夜祭でやった曲のコードを弾いてみる。やはり指の動きがいつもより鈍い気がする。
「良い音だな。聞いたことがない響きだけど、やはり音楽は良いものだな」
うっとりと聞き入っている道守に太一は、さくらさくらを弾いてみる。
「おっ・・・。これは聴いたことがあるぞ」
「これは昔の日本の曲だからね」
「懐かしいな。この調べは」
続いて太一は、ブルーノートスケールを弾いてみる。
「これは、異国の香りがするな。でもなかなか洒落ている」
太一は、早乙女先生の授業のプリントを引っ張り出し、中国、韓国、アラブなど色々な国の音階を次々と弾いてみる。
意外にも道守は馴染みのない外国の音階も許容できるらしい。鼻歌交じりでうっとりとしている。
「音楽好きなの?」
「大好きだ!笛や太鼓や琴、三味線や琵琶も良いものだぞ。ところでその楽器は何という名だ?」
「ギターだよ」
「とても心地の良い音色だ」
最近、机の上の何かのお返しで貰った高級タオルが道守の特等席になっている。太一が糊落としのために一度洗濯して、ふわふわになったタオルを道守が気に入ったようで横取りされてしまった。
アイスの蓋を取るとスプーンがわずかな抵抗ですっと入った。すっかり食べ頃だ。一口食べると抹茶の香りとミルクの濃厚さが心地よい。
「そう言えば、父さんが夕飯の時、ツチノコが出たらしいって言ってたけど、みっちーは見たことある?」
「ツチノコって何だ?」
プリントの済みに三角頭と太くて短い胴、短い尻尾をかいてみる。
「あぁ、あれはツチノコって言うのか。見たことある!何回か」
「見つけた人に、町から金一封出るらしいけど、どこにいるの?」
「う~ん・・・。分からん」
(まったく肝心なときに道守は頼りにならないなぁ・・・)
「そういえば母さんも、森林公園の桜並木が一斉に狂い咲きしてるらしいけど、それもツチノコも石碑が欠けた影響?」
「私にも、よく分からないが少しは関係しているのではないかと思う。まぁ、とにかく石さえ見つかればバランスを取り戻せるし丸く収まるから、しっかり励んでくれよ。期待しているぞ!太一」
「できる限り探してみるけど・・・。自信ないなぁ」
最近はやりの曲のコードを弾きつつ、残りのアイスを喉に流し込んだ。