3 こたつとふかし芋
「ばあちゃん。これなんとかして~」
「泥だらけじゃないか。どうしたんだ?」
「あの楠のところで転んじゃって」
「とりあえず制服脱いで。洗ってあげるから」
祖母は足早に奥の部屋に向かった。しばらくごそごそと物音がしていると思ったら、祖母の家に常に置いてある太一のトレーナーなど着替え一式を持ってきてくれた。
「これに着替えてから自転車をきれいにしな」
泥だらけの学ランをばあちゃんに渡し、着替えてから庭に出た。ホースで水をかけながらブラシで泥をこすり落とす。仕上げに使い古しのタオルで吹き上げるといつもよりきれいになったようだ。
(本当についてない日だ。最悪・・・)
縁側から座敷に上がり込むとこたつの上には、お茶とふかし芋が湯気をたてている。ばあちゃんの家の定番のおやつだ。
お風呂場のほうからばあちゃんの声がする。さっそく学ランを洗ってくれているようだ。
「おやつ食べな。」
ふかし芋をかじりながらTVをつける。ドラマの再放送は既に終わってしまい夕方のニュース番組が始まっている。こたつに潜り込みながら腹ばいで新聞をめくる。裏面が真っ白い広告が目に入る。テーブルの上のボールペンをとるとなんとなく今日の出来事をまとめてみようと書き始める。トレーナーのポケットから葉っぱをとりだして広告の上に置いた。
「美味そうな匂いだな。ふかし芋か。昔から時々初物が出来ると石碑に時々お供えしてくれる農家の人もいるんだよ」
葉っぱはうっとりした表情になる。太一は広告の裏にペンを走らせる。
・11/30までに石を見つける
・見つからなかったら微妙なずれが加速し無法地帯になる
今日変だったこと
・則:ワックス
・三高:真面目→不良
・早乙女先生:体調不良
・もやし:生徒にビシッと注意してた+Yシャツ色つき
・学食の新メニュー:チリコンカン登場
・イナゴ仮面の携帯ストラップだったヤツ→クルトラマンのストラップに変更
ふと部屋の時計を見上げると17時だ。時計の下に見慣れないクリスマスリースが飾られている。どうやらわずかにばあちゃんの家にも変化があったようだ。携帯を見ると則から返信があった。
「太一?大丈夫?高一になったのに今頃中二病???」
(人ごとだと思って。あいつ誰のせいで俺がこんな目にあっていると思うのか!まったく自覚がなさ過ぎる)
メールの文面は続く。
「確かに転んで石にチャリごとぶつかったけど。おかげでチャリも壊れて昨日からじいちゃんに修理してもらってる。だから今日は歩いて学校行った。それがなにか?」
(何も手がかりが得られなかった)
腹立ちながらも太一は、返信する。
「東京にいる2日間で転んだときのことをよく思い出しておけ!月曜日に教えろ!この東京かぶれ!」
携帯を雑に閉じると葉っぱに視線を落とす。
「則には、月曜日に学校でもう一度転んだときのことよく聞いてみるから。たぶん今聞いても東京のことで頭がいっぱいだから無駄だと思う」
「わかった。うまく探ってみてくれ。ちょっと言いにくいのだが・・・。11/30までに石を見つけてほしいと言ったが、もっと早く見つかればそれに越したことはないんだが」
「なんで?急に期限早まるの?」
「11/30というのは最終期限と思ってくれ。大切だからメモをしてくれてもかまわないぞ」
仕方なく太一はペンを持つ。
「11月は旧暦で神無月であることは当然知っているよな」
(知らなかった・・・。でも悔しいから言わないでおこう)
「毎年この時期は八百万の神が出雲の地に集まる決まりになっている」
「なんでみっちーは、ここにいるの?招待されてないの?」
「やっとみっちーと読んだな。実は、出雲に行かずに健気に留守を守っている神々がいることは知っているか?」
「初耳なんだけど」
「本当に太一は、何も知らんのだな。いいか?我々道祖神、かまどの神である荒神様、恵比寿様、金比羅様は、人々が安心して暮らせるように他の神々が出雲に行っている間も働いているのだ。他の神々の分までいつも以上に働かなければならない時期なのに、私は今ほとんど力を発揮出来ない状態だ。こんな経験は初めてだ。このままでは留守番が勤まるか分からない。だから一日でも早く石を見つけてほしいのだ」
「なんか石を見つけるためにレーダーとかヒントとかなんかないの?」
「残念だが無い」
(肝心の則は2日間帰ってこないし、何の手がかりも無い。見つけられる気がしない)
「あと、出雲から他の神々か戻ってきてから留守番組で毎年12月に忘年会を毎年やるから、それまでに絶対見つけてくれ!年一回の楽しみだからな。留守番組で恵比寿様のところに集まってパーティーをするから。出雲から帰ってきた大黒様の使いからから袋いっぱいの酒や供物をもらってまあ早めのクリスマスも兼ねているような感じだな」
「みっちークリスマス知ってるの?」
「神として当然の勤めだ。常に情報をアップデートしていかないと人々を幸せにすることはできないからな」
横文字を沢山使いながら葉っぱは、得意げな顔をしている。
「太一。独り言か?」
障子を開けてばあちゃんが居間に入ってきた。
「来週の小テストの暗記してただけ」
「制服風呂場で泥を落としてから今洗濯機の中。明日には乾くよ」
「ばあちゃんありがとう。母さんに怒られずにすむよ」
「あら懐かしい。多羅葉じゃない。どうしたの?」
ばあちゃんは太一の横でかがむと葉っぱを手に取り懐かしむように目を細める。
「多羅葉っていうんだ。ずっとハガキの木だと思ってた」
ばあちゃんは葉をひっくり返しながらしげしげ眺めている。
「ばあちゃんそれに顔あるの見える?」
ばあちゃんは首をかしげながらまた葉をひっくり返した。
「何も書いてないけど。これから何か書くのかい?」
どうやら葉に書いた道守の顔は見えないらしい。それと道守の声が聞こえるのも俺だけらしい。ばあちゃんは太一に葉っぱを返して
「あっ、あの多羅葉と楠の近くの石碑は、田村家が代々大切にお守りしてきたのだから、くれぐれも悪さをするんじゃないよ。罰が当たるってばあちゃんも子供の頃から言われてたから。あっ、そうだ。おいしいせんべいもらったから食べようか。」
ばあちゃんは、急に思い出した様子で腰を上げた。
「あっ、言い忘れたが、葉っぱの顔も、私の声も太一にしか見えないし聞こえないから周囲のものにはうまく説明してなんとか石を探してくれ。」
(みっちー、早く言ってよ。言葉がいつも足りないんだよ)
なんだかどっと疲れてきてこたつに潜り込む。全身を包む温かさに瞼がだんだん重くなってきた。
「太一?太一。もう18時だけど夕飯は?」
どうやら眠ってしまっていたようだ。
「ばあちゃんの家で食べる。あと泊まってく。」
「今日はすき焼きだよ。お皿とか運ぶの手伝って。」
自治会の集まりから帰ってきたじいちゃんも加わり、三人で久々のすき焼きを囲んだ。
石碑のことをさりげなく話題にすると、数年前、町史編纂事業の時に町の歴史や寺社や史跡などをまとめた冊子をつくったらしい。町の図書館の一角に郷土資料室あるので、そこに行けばその冊子も閲覧できるらしい。
翌日は、土曜日なのにめずらしく9時に目が覚めた太一は、ばあちゃんが作ってくれたわかめと豆腐の味噌汁と梅干しとおかかのおにぎりを一つずつ食べてから、身支度をして自転車で町の図書館に向かった。まちの図書館なんて何年ぶりだろう。ガラスのドアを開けると図書館特有の書物の香りがする。朝早いので、新聞を読んでいる人が数人いるぐらいだ。右奥のスペースがパーテーションで区切られており手作りっぽい郷土資料室という看板が掛かっている。丸椅子が2個だけ置いてあり資料も多くない。目当ての冊子はすぐに見つかった。意外にも高級感のあるえんじ色の布張り仕上げの冊子だった。ページをペラペラめくっていくと見覚えのある楠の白黒写真が目に入った。昭和30年の祭礼の様子というタイトルが写真にはついている。今より楠の枝葉が少しこぢんまりしているような気がする。石碑に何やら酒や果物、餅などを捧げている場面のようだ。写真の下の文章には、享保の大飢饉の際に庄屋の田村田一郎が私財を投じて、当時苔むした小さな石碑だった道祖神を再建し、手厚く祭ったところ奇跡的に村から餓死者が出ることはなかったと書いてある。さらに道祖神信仰の歴史などがその後に続いている。
図書館からの帰り道、もう一度畦道と石碑周辺を良く確認してみたが、やはり石は見つからない。仕方なく石碑の賭けてしまった部分を携帯でいろんな角度から写真を撮っておくことにした。やはり5㎝ぐらい欠けている。
(手がかりも無いのにどうやって見つければ良いんだよ・・・)
太一がため息をつくとコートのポケットに入れた道守がもぞもぞ動いた。
「まあ、そんなに焦ることはない。太一なら必ず見つけられるから元気を出せ!」
相変わらずのんびりとした雰囲気だ。
ばあちゃんの家によりすっかりきれいになった学ランを受けとる。
「ばあちゃんありがとう。ばあちゃん田村田一郎ってしってる?」
「田一郎は、太一のご先祖様だよ。とても立派な人だったんだよ」
「どんな人だったの?」
「江戸時代の飢饉の時に石碑を建立したり、庄屋だったから蔵に蓄えた穀物を村人に配ったり、村のために尽くした人だったんだよ」
名字が同じだと思ったが、まさか田一郎がご先祖様だったなんて。さすが跡取り娘のばあちゃんはなんでもよく知っている。学ランの入った紙袋を自転車のかごに入れると太一は、
とりあえず家に戻ることにした。
居間では、町役場職員の父がお茶を飲みながら新聞を広げている。いつもの休日の風景だ。
「あら、太一帰ってきたの。お昼は焼きそばにだからね」
エプロンを着けながら台所から母が顔を出す。
(あれ、なんか母ちゃん今日化粧濃くない?父ちゃんも違和感・・・。何だろう?あっ髪の分け目が反対になってる!)
どうやら着実に太一の家にも些細な変化が起こっているらしい。