1 俺だけまったく変化のない日常
初めての投稿です。
拙い文章ですが最後まで読んでいただければ幸いです。
懐かしい平成の雰囲気を感じていただければよいなと思います。
「うわ~。マジ最悪。でもギリギリセーフ」
時間が無い中、せっかくセットした髪から学ランの肩にかけて雨粒がしたっている。
「おう、太一おはよ~」
前の席の中嶋友則が朝から何やらニタニタしている。中嶋友則とは保育園、小中高とずっと一緒の腐れ縁だ。そんな則を横目にびしょ濡れのカバンをロッカーにつっこんで、教室の窓際の一番後ろの席につく。全く朝から急な雨なんて最悪だ。家を出るときは平気だったのに。
「うわービチャビチャ。ちゃんと拭けよ。お前学ランからザリガニの匂いするぞ。」
「うっせーな。お前もだろ」
町の外れの男子校に通っているが、以前からここの学ランだけ雨に濡れるとザリガニの匂いがするらしいという地元プチ都市伝説がある。ただでさえむさくるしい男子しかいないのに・・・。
「太一~。ねえねえ、なんか俺いつもと違くない?わかるかな~」
今日の則はいつもより若干テンションが高く、からみがウザめ。
「違くない? って・・・。う~ん・・・」
なんだか自信満々の則を上から下までまんべんなく眺める。3巡目でやっと
(髪がいつもと違うような気がするけど・・・。いつもとたいして変わらない気もする。)
「髪がちがう・・・かなぁ・・・」
(正直自信が無い。)
「もう、気づくの遅すぎ。鈍いなぁ。だから太一はいつまでたってもモテないし、芋なんだよ」
則は、ニコニコしながら自慢げに指先で毛先をいじっている。
「芋って、お前もだろ」
「違います。もう俺は芋ではない」
「なに朝から訳の分からないことを・・・」
「ジャーン。昨日東京にいる従兄弟の兄ちゃんからハマノスタイリングワックス送ってもらっちゃった」
そう言う則の右手には、7㎝ぐらいの丸い透明感のある紫色のケースが。相変わらず左手はしきりに毛先をネジネジ、よじよじしている。
「ハマノってあのハマノ?」
「そうあのハマノ!」
(毎月クラスで回し読みしているMEN‘S NAN-NAで有名になったあれか。美容師オススメのあのワックス。品切れ続出、入手困難と最近評判のやつだ)
「やっぱり俺ぐらいになると、ハマノ使いこなせちゃうんだよな。見てくれこの毛束感。ベタつかないし軽い付け心地。なのにしっかりきまる」
(宣伝文句そのままだな。確かに毛束感は出ているけど、ベタついているし。おまけに後頭部には白い塊までついている。明らかにつけすぎだ)
「則、後でトイレで後ろのほう確認してこいよ。白いのついてる。ワックスつけすぎ。」
(朝からこんな浮かれているやつのワックスなんてとってやるもんか。自分でとれ)
「太一ったら、俺が垢抜けて先に芋を卒業しちゃったからってそんなにイライラしないの」
ご機嫌な則は、まだ毛先をよじよじ弄んでいる。
「男子校だからって、おしゃれに油断して手抜きしてるから太一はダメなんだよ」
「うっさいなぁ。ほらチャイムなったからさっさと前向け」
「はいはい。芋の妬みは怖いなぁ」
チャイムが鳴り終わると共に担任のもやしが教壇に立った。
「日直、号令をかけて」
今日ももやしは、細くて透き通るように白い。40歳独身、黒縁眼鏡、影の薄い日本史の教師だ。
日直の佐々木がいつものようにだらっと号令をかけ、みんなで発音が不明瞭なグズグズの挨拶をする。
「あれ三高は?」軽く後ろから則の肩を小突く。
「休みなんじゃね?あいつ遅刻するようなヤツじゃないし」
「そうだよなぁ。くそ真面目だしな」
突然バーンと教室の前のドアがものすごい勢いで開いた。衝撃でドアが跳ね返ってくるのを気にもとめず、金髪に近い明るい髪色のヤツが入ってきた。そいつが開いたドアのすぐそばの一番前の先にドカッと腰掛ける。
(あれは三高の席だ。あいつはまさか・・・)
「三高、遅刻だぞ。気をつけろ!」
(めずらしくビシッと注意したな。あのもやしが・・・。じゃなくて他に色々つっこみどころ満載なのに全部スルーかよ!)
「うっせーな」
机が音を立てて30㎝ぐらい動く。
(あいつ上履きも踏んでるし、腰パンに学ランは第二ボタンまで開けている。そして耳たぶにはゴツめのピアス。耳たぶが両方とも少し赤くなっている。ファーストピアスってやつかあれが。トレードマークの黒縁眼鏡はどこへ行った???)
様々な疑問を抱きつつも教室をぐるりと見渡すと太一は目を伏せる。
(やっぱり、今日なんかみんな微妙に変だ。違和感を感じてるのは俺だけ?)
「三高ちゃんと座りなさい」
(またしてもあのもやしがちゃんと注意した。やっぱりもやしも変だ。そういえばいつも白のYシャツしか着たことがないのにパリっとした薄いブルーのYシャツを着ている。なんとなくいつもより凜々しく感じるのは気のせいなのか)
「うっせーな」
ブツブツつぶやきながら三高は素直に座り直した。
「連絡事項があります。5限の選択の時間ですが、音楽を選択の人は、今日早乙女先生が体調不良のためお休みするそうです」
(えっ?マジかよ)
「早乙女先生から課題を預かりましたのでいつも通り視聴覚室に移動してください。」
(早乙女先生の授業毎回楽しみにしてるのに・・・。なんてついてない日なんだ)
早乙女先生は、俺が入学して間もない頃に赴任してきた28歳の音楽教師だ。小柄で色白、目がぱっちりしている。ゆるくパーマをかけた黒髪に柔らかな笑顔。香水をつけているわけでもないのにかすかにフローラルな石けんのような良い匂いがする。授業もとびっきり面白い。多分このむさ苦しい男子校の唯一のオアシスであり、癒やしであり多分半数以上の生徒は惚れていると思う。俺もその中の一人だ。選択授業は書道か美術か音楽を選べるが、なんとなく音楽にした過去の自分にとても感謝している。その憧れのマドンナが体調不良で休みだなんて。
5限の授業は、もやしが早乙女先生編集のビデオを再生しに来た。映像を見ながらA4のプリントに感想を記入し提出する課題だった。世界の音楽という題名のビデオは、ジャズの聖地を早乙女先生が旅行した時の映像やガムラン、ケチャ、イギリス民謡、中国の少数民族の女性の歌などいろいろなものを切り取り編集したものだった。
(出来れば早乙女先生の生解説付きで観たかったのに本当残念。早乙女先生の体調はどうかな。週明けは来ると良いけど)
下校時間になるとすでに雨は上がっていた。早乙女先生のいない学校は何の面白みもなく、軽音楽部の部室による気にもならず、サボることにした。一応太一は軽音楽部に所属しているが、教室の半分ぐらいの元倉庫だった部室を与えられているだけで、部員は気が向いたときだけ顔をだし、ギターを弾いたり、楽器の手入れをしたり、漫画を読んだりとてもゆるい感じだ。
(少し急げばドラマの再放送の時間に間に合うかも)
ペダルを踏む足に自然と力が入る。舗装のない畦道を突っ走る。多少ぬかるんでいるがタイヤがとられるほどではない。
(あの楠のところを曲がればあと3分で着く)
スピードを緩めて最高のコーナリングを決めたとき、ぐるりと視界が回転した。
拙い文章を最後まで読んでくださりありがとうございました。
短編を予定していましたが思っていたより長編になりました。