ラジオ観察日記
「すみません、無理を聞いてもらってしまって」
顔に他所行きの笑顔を貼り付け、空き部屋の鍵を開けてくれた大家に感謝を述べる。
私の笑顔に対して、大家は非常に不機嫌そうだ。
ふんっ、と鼻を鳴らして自室に戻っていく。
その途中、大家は一度だけ、私の方を振り返った。
「何度も何度も言ってすいませんがね……」
――ラジオだけは、絶対につけないで下さいよ。
・7月7日
部屋の押し入れからラジオを見付けた。前の住人の置き忘れだろうか?
大家に聞いたら好きにしていいというので、使わせてもらうことにした。
せっかくだから、日記でもつけてみよう。
ラジオ観察日記だ。
◆◆
「ラジオ観察日記?」
誰もいない部屋の中で、私は思わず声を出してしまった。
仕方ないだろう。
何せ、ラジオの横に置きっぱなしになっていた手記を開いたら、最初のページに『ラジオ観察日記』だ。
そんなものを毎日観察したところで、いったい何があるというのか。
だが、私は読み進めることにした。
こうゆう、訳の分からないものを、面白おかしく、そしておどろおどろしく記事にするのが、私の仕事なのだから。
この部屋に来たのも仕事のため。
ここで住人が立て続けに失踪しているというタレ込みがあったから、無愛想な大家に頭を下げてまで、部屋を見させてもらっている、というわけだ。
こんな仕事だ。収穫無し、なんてことも多い。
こうゆうわかりやすい『不思議なもの』があったら、飛びつかない選択肢は無い。
私は、期待を込めてページをめくった。
◆◆
・7月8日
適当にツマミを回したら、音楽番組の電波を拾った。
ローカル番組だろうか。
パーソナリティの名前に聞き覚えがないし、歌のチョイスもずいぶんと古い。
・7月9日
今日はお笑い番組らしい。
関西弁の、全く知らない男2人が漫才をしている。
爆笑、という程ではなかったが、クスリとは笑えた。
・7月10日
今日は当たりだ。
電波を拾ったのは、何やら可愛い声をした女の子のフリートーク番組。
やっぱり名前は知らないが、ご当地アイドルとかだろうか?
トークも割と面白かった。
・7月11日
今日は前とは違う音楽番組。
歌手がパーソナリティをしているようで、トークの合間に自分の曲を披露していた。
名前も歌も、聞いたこともない。
あと、大して上手くない。
・7月12日
お笑い番組。
つまらない。
一昨日の女の子の番組は、もうやらないのか?
・7月13日
あの子の番組は見つからなかった。
また聞きたい。
・7月18日
あった!
ようやくあの子の番組を見つけた。
相変わらず可愛い声で、面白いトーク。
今日は幸せな気分で寝れそうだ。
ツマミはここで固定にしよう。
・7月19日
今日もあの子は可愛かった。
それにしても、このラジオは何で無名の歌手や芸人の番組のばかりを拾うんだろう。
まぁ、そのおかげでこの番組と出会えたのだから、文句はないが。
・7月20日
可愛い。きょうも可愛い。
・7月22日
私はなんで、ラジオの日記なんてつけているんだろうか。
・7月23日
どうしても気になる。あの子や他のパーソナリティについて、調べてみよう。
・7月26日
わかった。
最初のパーソナリティ、それから芸人や歌手は実在した。
したが、現在は全員行方不明らしい。
どうゆうことだ? 何故ラジオに出ている?
それと、あの子については全く情報が無かった。
・7月27日
このラジオに、触れるべきではなかった。
昨日の調べた件が不気味で、今日は聞くのをやめようと思ったのに、気付くと勝手に電源が入っている。
何度消してもだ。
明日捨てる。
・7月28日
帰ってきた。
捨てたのに、少し出かけている間に、ラジオは部屋の中の元の位置に戻ってきていた。
今日も勝手に電源がつく。
ラジオから聞こえるあの子の声は、少ししゃがれて聞こえた。
・7月29日
今日もラジオは帰ってきた。
何をしても壊れない。
コンセントからは抜いているのに、何故か電源がつく。
あの子は新しいお友達が欲しいらしい。
・7月30日
ラジオから出てきそう。
◆◆
日記は、ここで終わっている。
思った以上に不気味な内容だった。
全身が、嫌な汗でベタついている。
だが、ウチみたいたB級オカルト雑誌には、純分すぎる内容だ。
ん? 最後のページに何か――
――■月▲※日
――何故日記をつけていたかわかった。
――あの子が、新しい番組を作りたがっていたのだ。
――何の冗談か、心霊系の番組らしい。
――これを読んでいる誰か。本当にすまない。
――彼女が私にこんなものを書かせたは、貴方の目を引くためだ。
――しばらくの間、ここに釘付けにするためだ。
――本当にすまない。
「うわああぁあぁぁぁああぁぁぁああぁああぁぁああぁぁぁあぁぁぁあああぁあああぁあぁぁっっっっ!!!!?」
これはなんだ!? 『私』に当てたページ!?
タチの悪い悪戯。
違う、これは、違う。
理屈じゃない。
これは、『本物』だ。
早く、ここから出なければ――
――カチッ。
あ。
――ザーッ……ザザーッ……ザーッ……ザーッ……。
おい、なんでラジオが勝手につくんだ?
なんでツマミが勝手に回ってるんだ!?
――ザーッ……タ……ザッ、ザッ……ケタ……ザッ……ザッ……。
やめろ、それ以上拾うな。
それは、電波じゃない。
やめろおおおおおおおおおおおおおおおおあおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!
――ミツケタ。