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ショートショート10月~2回目

母を喰らう

作者: たかさば

 お母さんを思い出して、ご馳走を、作る。


 お母さんの得意料理の、ハンバーグ。

 たまに中が赤いままで、時々おなか、壊したっけ。

 今日は、ちゃんと焼くけどね。


 お母さんのいつも作っていたゆで卵。

 卵が古くなると一気に作って、全部食べさせられたな。

 今日は、一個でいいや。


 お母さんが好きだった、キュウリのしょうゆ掛け。

 キュウリにはしょうゆしかかけちゃダメって言われてたんだよね。

 今日は、マヨネーズかけちゃお。


 お母さんにいつも作らされた、海苔の天ぷら。

 仕事から帰って、疲れてる時に限って作らされたっけ、夜中にやる揚げ物大変だったな。

 今日はまだ早い時間だから、良いけどね。


 お母さんがたまに作ったホットケーキ。

 砂糖と塩を間違えたのを、無理やり食べさせられて入院したんだった。

 今日は食べられるおいしいのを作ろっと。


 さあ、ご馳走がそろった。

 晩御飯に、しましょうか。


 ああ、お茶を入れるのを忘れていた。


 煮えたぎったお湯に、おちゃっぱを入れてと。

 ふふ、よく湯飲みごと投げつけられたなあ……。

 左手の傷、結局消えないで残っちゃったんだよね。


 テーブルの上には、美味しそうなメニューがずらり。


 お皿の上に、焦げ目の付いたハンバーグと半分に切ったゆで卵、切ったキュウリに海苔の天ぷらを添えて。

 ホットケーキには、たっぷりのはちみつと、バターをひとかけら。

 湯気のもうもうと上がっている、緑茶からはいい香りが、ふわり、ふわり。


 両手を合わせて、いただきます。


 いただき、ます……。


 ……ザクッ!!


 …ザクザクっ!!!


 ザク、ザク、ザク、ザクザクザクザクザク……!!!


 ・・・あら、いけない。


 ついつい、昔の、怒りが。

 ついつい、昔の、恨みが。

 ついつい、昔の、諦めが。


 もうお母さんはいないというのに、おかしなこと。


 今年こそ、おいしい料理を、美味しく食べられると、思ったんだけどな。


 お母さんを思い出すと、全部台無しになっちゃう。

 お母さんを思い出すと、全部ぶち壊したくなっちゃう。

 お母さんを思い出すと、全部おいしく食べられなくなっちゃう。


 ザク、ザク、ザク、ザクザクザクザクザク……!!!


 思いっきり突き刺して、バラバラになっていく、ハンバーグ。


 ザク、ザク、ザク、ザクザクザクザクザク……!!!


 思いっきり突き刺して、ぼろぼろになっていくキュウリ。


 ザク、ザク、ザク、ザクザクザクザクザク……!!!


 思いっきり突き刺して、ほろほろと崩れていくゆで卵。


 ザク、ザク、ザク、ザクザクザクザクザク……!!!


 思いっきり突き刺して、バラバラになっていく海苔の天ぷら。


 ザク、ザク、ザク、ザクザクザクザクザク……!!!


 思いっきり突き刺して、ぼろぼろになっていくホットケーキ。


 やだなあ、私、この先もずっと、母の日が来るたびに、こんな感じなのかな?

 やだなあ、私、この先もずっと、母の日が来るたびに、こんな風になっちゃうのかな?


 全部、ぜんぶ、小さな欠片になった時、少しだけ、気分が、晴れた。


 お母さんのハンバーグが、ぜんぶバラバラになって、形がなくなったから。

 お母さんのキュウリが、ぜんぶバラバラになって、存在感を消したから。

 お母さんのゆで卵が、ぜんぶボロボロになって、別物の食材に変わったから。

 お母さんのノリの天ぷらが、ぜんぶコナゴナになって、目立たなくなったから。

 お母さんのホットケーキが、ぜんぶコナゴナになって、原形を留めなくなったから。


 ……醜く崩れた食材。


 お母さんが喜びそうな、美味しそうな料理を、私は、私の手で、崩すことに成功したのだ。

 もういない、お母さんの影を、私は、私の手で、崩すことに成功したのだ。


 ……ばっちり、崩した、あとは。


 キッチリ、喰らって、消化してやる。


 私は手早くボウルの中に入れて、大好物のマヨネーズで、和えた。

 グルん、グルん、大きく和えると、ボウル一杯分のサラダができた。


 それを、スプーンですくって、一口食べてみる。


「はは、わりと、美味しいや。」


 マズい物しか食べさせてもらえなかった私は、多少のまずい物だったら、全ておいしいと思うことができるのだ。


 ……この、味覚を与えたのは、お母さん。


 がつ、がつ、がつ、がつ……。


 一心不乱に、ボウルの中のサラダを喰らいつくしていく。


 がつ、がつ、がつ、がつ……。


 ただただ、無言で、口の、中へ。


 がつ、がつ、がつ、がつ……。


 最後の一口を食べ終わり、私はぬるくなったお茶を一気にあおった。


 ……ごくり。


 食べ終わった食器を洗ってから、ソファに少し横たわる。

 今から私は、消化活動に専念しなければならないのだ。


 お母さんの事を思い出し、作った料理。

 お母さんの事を思い出し、徹底的に叩きのめした料理。

 お母さんの事を思い出し、噛み砕いて喰らってやった料理。


 これを消化したら、きっと私は、お母さんの思い出を、昇華することができるのだと、信じて。


 ……いたのだけれど。


 夜中、腹痛で目を覚ました私は、ひどくおなかを、壊してしまった。


 ……完全に、消化不良だ。


 今年も、私は。


 お母さんの事を、消化することが、出来そうに、ない。


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― 新着の感想 ―
[一言] くぅ、何と言う記憶。 嫌な記憶ほど、さっと忘れて消化して昇華されたいのに……。
[良い点] 凄みがありました!
[一言] わかりみ深すぎる…… 母親から与えられたトラウマって、本人死んでもついてまわりますからね…… 消化にはかなり時間がかかるでしょうね。
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