雨と魔女
雨が止むまでとの約束で店に残ったのがよくなかった。雨は降ったり止んだりを繰り返し、止んだかなと思うときには遮りづらい話が続き、言葉が途切れた時には雨が降っていた。おそらく帰すまいとの意図があったのだろう。それでもなんとか雨と会話の隙間を見計らって帰ると宣言し、多めに金を置いて店を出た。すでに日は暮れていた。
さて別の女のところにと思って電話をかけると、ちょうど用事ができて家を出たところだという。じゃあまた今度とにこやかに電話を切り、さらに別の女に電話をかけるとこちらは出なかった。しばらくしてメッセージがきたが、今親が来てるから電話しないで、という。嫌がらせにかけまくってやろうかと思ったが、後が面倒なのでやめておいた。雨はまた降り始めていた。
それで魔女のところに行ってしまったのが失敗だった。また雨さえ降っていなければ諦めて自分の部屋に帰ったものを、静かだが確実な雨が嫌になって、屋根と女さえあればなんでもよろしいという気持ちになったのだった。あまつさえそれを馬鹿正直に魔女に言ってしまったのは、これは雨のせいではない。自分の短慮と無駄な矜持のせいである。
「屋根を貸すのはいいけれど」と魔女は言った。「魔女と手ぶらで取引しようって思ってるんじゃあないだろうね」
「取引なんてそんな、あの、ご厚意に甘えられたらなあと思っただけですよ」
と言ったところで魔女が聞くはずもなく、また一般の女性が喜ぶような甘い言葉やらテクニックやらを魔女が求めているはずもなく、暖かい風呂と寝床の代償に、天気に関する運を搾り取られた。今後一年分、晴れてほしいと思うときに晴れる、という運だ。小瓶に収まった運気はきれいな薄紫をしていた。
そういうわけでここ数日小雨が続いているのは、あの日に雨が降ったり止んだりしてたせいというわけ。こちらとしてもいい加減青空を見たいんだけど、そう思ったとたんに雨になってしまう。いやすみませんね、ほんとうに。