面を覚えた、それで?
嗚呼、もう。僕はこちらを睨みつけるアイパーリーゼントのヤンキーに、淡々と返した。
「最近この近くに引っ越して来まして……」
「ほぉーそうけ、どうりで見た事無い思うたわ……」
それ以上話す事も無かろうに、その投げられたヤンキーが今朝出会った僕の投げ飛ばした奴なのかもしれないが。さっさと興味を失って去ってくれと、僕は心中で悪態を吐く。
が、ヤンキーとか不良なり、ヤクザとかいうのは、総じて気に入らない事を見つけると、埃を見つけた姑の様にしつこいのだ。一つ揚げ足を取って一切合切を奪い取ろうとするのが、こいつらなのを僕は次のセリフで思い出した。
「おう、ならワレェ金出さんかい、この辺で表歩くんやったら、ワシらにいくらか包まんとあかんのやど?」
カツアゲだった、初めてされたかもしれない。ふと、その一言が僕の思い出したく無い過去を……蘇らせる。
暴力に理由なんてない、あるとしたら、気に入らないとか、その程度だろう。あとは優越感とか……そのあたりだろうか?こいつらのニヤついた顔は……昔僕を痛めつけて、今はもう病院で管を幾つも取り付けられ、二度と退院できないあいつらと同じだった。
それを思い出した瞬間、僕はふと目線を右に向けた。それにアイパーリーゼントが、ものの見事に釣られた瞬間、その顎を思い切り押しながら右足の踵を相手の左足首に引っ掛けてやった。
「おあぁあ!?」
簡単に尻餅をついたアイパーリーゼントのヤンキーが、驚いてこちらを見上げる。その前に僕は右足を振り上げ、爪先で顔面を思い切り蹴り抜けば、アイパーリーゼントが頭をかちあげて真上を向いて、血の線を宙に吹き出して倒れた。
「ワレェ!なにさらしとんじゃごらぁああ!」
「いてもうたらぁああ!」
取り巻きのグラサン坊主と金黒ロン毛が、一気に吠えたてて殴りかかって来た。グラサン坊主の右の振り被った拳を軽く後ろに下り空振らせる。僕は右拳を握りしめ、地面を踏みしめて左に腰を回してその右手を下からグラサン坊主の顎に振り上げた。
ガヂュリと音が聞こえた、感触もしっかり拳に伝わった。グラサン坊主頭のサングラスが宙を舞う中、さらに踏み込んで、金黒ロンゲを迎え撃つ。
今度は右に腰を回して、左手を握りしめる、狙うのは……右のこめかみ!力一杯にボールを投げる様な感覚で、師匠に教えられたその大袈裟なフックが、金黒ロンゲが拳を放つ前に命中した。
金黒ロンゲの頭部が思い切り揺れた。足からも力が抜けて、まるで操り糸を切られた人形の様に崩れ落ちる。
ーー気を抜くな!徹底的に叩き潰せ!
声が聞こえた、師匠の声だ。反射運動の様に、僕はさらに右のフックを金黒ロンゲの顔面に叩き込んだ。手に血が付着する、見れた顔ではなくなった、それでも座る様に崩れ落ちた金髪ロンゲに、僕はもう一度右腕を引いて。
「シッッ!」
顔面に拳を叩きつけた。
コンクリートに大の字で倒れ込み、呻いて立てないのを見て、僕は一息ついた。
「じゃ、僕帰るから」
まぁこれでもう、絡んでくる事無いだろうなと、僕は倒れて呻く三人にそう言って、丁字路から去る事にした。
「ま、待てやぁ……待てやぁあ!」
しかし、それは出来なかった。最初に絡んできたアイパーヤンキーが、鼻と口から血を流し、膝をガタつかせながら必死に立とうとしていた。
「何?」
まだ立てるのか、意外に頑丈だなと、僕はこの街に越してくる前に、故郷で叩きのめして人生を終わらせた奴らを思い出した。あいつらは脆かったが、やはり中学生と高校生で骨密度って違うのかなと疑問を持ちながら、アイパーヤンキーに何用かと尋ねた。
「ワレ、ツラぁ覚えたからのぉ!明日からこの辺普通に歩ける思うなよコラァ!見つけたら殺したる、殺したるからのぉ!」
血を流しながら目を充血させて、負け犬の遠吠えを放つアイパーヤンキー。なんとまぁ、こんな台詞マジでいう輩がこの時代に居るんだなと、僕はジェネレーションギャップとでも言うのか、それを感じた。
しかし……このヤンキー少しばかり勘違いしている様だ。そんな捨て台詞吐いて、このまま漫画の様に僕が立ち去って、明日から背後をバットを持って襲えるとでも思ったのだろうか。雉も鳴かずば撃たれまいと言う言葉を知らないらしい、いや、こんな輩だ、知らないのだろう。
僕は口端を吊り上げ、財布を取り出した。小銭から50円を取り出し、格安自販機に入れる。缶のサイダーを見つけそれを押せば、ガタン、と音を立ててサイダーが出て来た。意外と珍しい、細長い250mlのサイダーだ。
「お兄さん、ジュース飲まない?奢ってあげるよ?」
親切に、僕は謝る代わりにジュースを奢ってやる事にした。プルタブを開けて、僕は左手でアイパーヤンキーの口元を鷲掴みにして、口を開けさせる。
「ぶが!ぐばが!」
「ほら飲みなよ、奢りだから遠慮せずにさぁ!ほらぁあ!」
口端から血とサイダーが混ざった物が溢れ出す。それでも構わず、僕はサイダーの缶を無理矢理に咥えさせながら、足払いで倒して仰向けに倒した。後ろで坊主とロン毛がやっと体を起こして、何をする気だと呑気にこちらをみていた。
そして、しっかり咥えさせて僕は立ち上がり。
「しっかり!飲めやぁあああ!」
咥えさせた缶ごと、アイパーヤンキーの顔面を思い切り踏みつけた。パキャリと、アルミ缶特有の軽い潰れた音が鳴り、サイダーの缶がひしゃげて口内をズタズタに傷つける!
「!!ぇえ!げべぁげぁい!」
声なもならない呻きをあげてのたうち回るアイパーヤンキー、ダクダクと鼻から、口から血を流し炭酸に口内の裂傷をズタズタに刺激され、息もできない三重苦を味わう。そして、ひしゃげた缶と共に、白い破片もまた血とサイダーの混ざり物と共に流れて来た。
歯だ、7.8本は折れたかな、僕はすう、と息を吸って思い切り右足で腹を蹴り抜いた。
「面を覚えたら!」
「がぁべ!」
「何なんだぁ!?ええ!!」
2回、3回と蹴り抜けば、流石にもう身体が覚える。
何をだって?
恐怖だ。
自覚するのだ、まだ続くのか、死にたく無い、やめてくれと心が折れるのだ。
「も、もうやめてくれぇ!頼む!死ぬって!」
「もうありがとうございます!堪忍したってくれやああああ!」
背後から悲痛な叫びが聞こえる、仲間意識が高い様だ。五発目を蹴り終えて、腹を押さえ涙を流すアイパーヤンキーを見下ろして、僕は優しく尋ねた。
「ジュース飲みたいですか?」
「も、もう、びゅうぶんれふ、ゆるひで、ぴぃい……」
「遠慮しないでよ、買ってあげるからさぁ?」
そうして、また自販機に向かった瞬間。坊主頭とロン毛が面白い程早くに、アイパーヤンキーの方に向かい、2人して抱え上げた。
「すんませんっしたぁ!もう、もう消えますんで!」
「あかんやばい!こいつアタマイッとる!」
無様に、血を流して、ヤンキー達は拙い足で丁字路から逃げていく。
結局、口ばかりかと僕は溜息を吐いた。そして気が晴れていくのを感じた。
うん、少し前のことを思い出す。別々の中学に行ったいじめて来た奴らも、入学初日からあんな髪型で、登校したところを後ろから殴りつけ、路地に引き込みこうしてやったと。
手から血が出るまで殴って、関節を外して、頚椎を壊してやった。楽しみだった中学生活も、今や死ぬまでベッドの上になったあいつらが、泣き喚き、叫ぶ顔を思い出して身震いした。
そして……ぬくぬく生きて来た従兄弟の首を折ってやった時の叔父と叔母の顔も、許しを乞う従兄弟の顔。念仏を唱える祖父母と、呪詛を吐く生みの親たる母の顔。
いやはや、力って素晴らしいなと涼やかに感じながら、ふと足元に視線が行った。
「これは……」
緑色の手帳が落ちていた、何だろうかとそれを拾い僕は裏側にひっくり返せば、禿げた校章が写されていた。
生徒手帳かと、それを開いて中を確認してみた。写真には先程のアイパーヤンキーが、そのままの髪型で貼り付けられ、名前には『倉橋朋直』と汚い字で書かれていた。
そしてその上には印字にて、英和田市立英和田水産高校3年と刻まれていた。
あいつら、高校生だったのかと、しかも3年であれとは、就職やらどうする気なのかと別の意味で戦慄しながら、僕はその手帳を投げ捨てた。
全く、中場先生に校長先生が言っていたのはこれかと、僕はこの街の在り方をこの身を持って体感したわけだ。ヤンキーに、暴走族、となればヤー公まで居るのかこの街はと、辺りを見回してこの丁字路の閉塞感が僕にも少しばかり、お化け屋敷を思わせる恐怖を感じさせた。
さっさと小路から大通りに出てしまおうと、僕は不良達が逃げた道とは逆の、来た道へと早歩きで向かった。