英和田町の顔役とやら
『や、やめてくれ!ゆるしてくれ!謝るから!!ひっ、ひっ!?ぎぎぇ!!』
『こ、こんな事してタダで済むとでも!?ま、まて!妻だけは!!ぎゃっ!!』
『いやぁああああひ、人殺し!人ごっっ!!』
『畜生!畜生!あんたなんて産むんじゃなかった!殺しておけばよかった!畜生!!あ、あぁああああ!!』
『お、まえ、どうするきじゃ、こんな事して、何するきじゃ』
『やはり、堕ろさせとくべきだった、ああ、私たちの栄華がぁあぁあ』
一家団欒の机で、全ての席に皆座っている。
祖父、祖母、姉夫婦、従兄弟、そして母。
従兄弟は血のあぶくを吐き、首がまるで首の据わらぬ赤子の如くぐったりして、姉夫婦の喉には切り傷と血がダクダクと垂れている。母は最早顔面が崩壊して青タンと涙と凹みと晴れに埋め尽くされ、それを見ていた祖父母は、歳のせいで緩くなったか臭い黄色い滴を椅子から垂れ流していた。
そのまま、傍に置いていた真っ赤な金属性携行缶を持ち上げて傾けて、注入ノズルから流れ出す透明な液体、ガソリンが、テーブルへ、部屋へ広がっていく。
「や、やめぇ!金か!家の権利書か!全て渡すから、遺産も渡すから!物件も全てだ!許す!娘も孫も殺した事も揉み消すから!許してくれぇ!頼む、頼む!!」
「ひい、ひぃいい!南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」
祖父と祖母が許しを乞い、念仏を唱え始めた。それでも部屋から出て、そのままガソリンで線を引きながら、玄関まで出て来た。必死に助けを呼ぶ声が聞こえる、中々に広く大きな日本家屋。ふと、左を見ればこじんまりとしたプレハブ小屋が見えた。
舌打ち一つして、ポケットからマッチを取り出して、シュッと一擦り、着火した勢いは強く、そして煌々と夜を照らした。
そのまま、ガソリンに濡れた玄関へ放り投げれば、火は一気に中へと向かって行った。
叫び声が聞こえる、泣き声が聞こえる。しかして僕は背を向けて『実家』を後にした。
ーーニュースをお送りします。一家心中か、〇〇市の民家で火災が起こりました。火災が起こったのはもと市長の天野清次郎さんの自宅で、既に鎮火されました。家屋と遺体は酷く損傷しており、現場には携行燃料缶があったとの事です。
天野市長は数年前、家族ぐるみで引き取った少年を虐待した事実が明るみに出て、市長を退任しておりました。また、地元企業や金融関係とも金銭トラブルを抱えており、一家心中を図ったと見て警察は捜査しております。
続いてのニュースです。
「はっ……」
目を覚ました瞬間、耳に入って来たのは電車が線路を走る音。そして、その揺れが身体を揺らしていた。
ああそうかと僕は、早朝から電車を乗り継いで来た事を思い出した。何せ転校先が遠かった、昨日の昼から夜にかけて移動して、田舎にありがちな朝一の電車に乗って、乗り継いで眠ったのだったか。
見れば、左の車両にも右の車両にも他の客が見えた。しかし……この車両だけ何故か誰も、自分以外が乗っていない事に気付いた。
乗ってはいけない車両とかあっただろうか?清掃中だったかと辺りを見回すと、電車が止まった。
アナウンスされた駅名は『東英和田』らしい、そこで窓を見れば、サラリーマンやら学生が次々と車両に乗り込んで来る。
この車両以外に。
いよいよ乗っちゃいけないのだろうかと勘ぐりながら、ふと一人、この車両に入ってくる輩が居た。
僕は目を丸くした。何しろその輩、長ランという改造制服に、リーゼント、剃り込みに眉も剃られ、何とも厳つい老けた顔の……学生とは言い難いが学生が入って来たのだった。
ツッパリか、ヤンキーか、珍しい者を見た気がする。その老け顔ヤンキーは、左、右と見回して僕を見つけるや……。
「ごあ!がぁああ!ぺっ!!」
公共交通機関に痰を吐いたのだった。あぁ、そんな輩かと思いながらそのヤンキーと目を合わせ、そいつは僕を見下ろした。
「おんどれぇい……財布出さんかいぃ」
開口一番でカツアゲされた。僕はそんな老け顔ヤンキーを見上げ……にんまりと笑ってやったのだった。
「あのガキ災難やのー、知らん子みたいやわ」
「英和田線の決まり知らん外の子やろ、なぁ、何秒で泣かされるか賭けるか?」
「賭けになるかいアホぉ、おい、向こう見とこ、目ぇ合わせたら金巻き上げられんぞ」
その頃、隣の車両。二人のリーゼントのヤンキーが、小窓からことの顛末を見てから目を逸らした。この辺の決まりを知らない子が、踏み入ってしまった事態に片方が笑い、片方が南無三とばかりに手を合わせた。
「トオルちゃん、今日機嫌悪そやったし、全治三ヶ月くらいちゃう?」
「啖、吐いたやろ」
「吐いとったなぁ」
「半年はチューブ食やで」
そんな話をしている内に、窓ガラスの割れる音がした。
「嘘やん、窓ガラス割ったで」
「あぁー見んときって、因縁つけられるって」
片方が見ようとして、片方は止めた。しばらくして、橋のあたりを電車が通過し始めた瞬間……何か大きな音が聞こえた。
「おい、投げ出されたみたいやど、あの子死んだんちゃうか?」
「かー、トオルちゃんいよいよ殺ったかぁ……え?」
「おい、だから見るなーーえ!?」
いよいよ死んだかとなった時、ヤンキー二人は振り返って窓を見れば、信じられない事態が起きていた。
老け顔ヤンキーの姿は無い。割れた窓、血の散乱した床、そこに立っていたのは……おおよそ喧嘩など知らないだろう、パンピーにしか見えない学生の方だった。
「嘘やん、トオルちゃん負けた!?投げ出されたんトオルちゃんやで!!」
ヤンキーが信じられないと宣いながらも、対峙していた、殴られ泣かされるはずだった茶髪の学生は、床に落ちていた通学鞄を持ち上げて、再び椅子に座った。
その鞄の名札には、こう刻まれていた。
『私立緑陽中学校1年A組 中井真也』と。