第15話 ユキナリ
早速ユキナリと教材を集めてリビングに降りて、向かい合うように机に座ってテスト勉強を開始した。
とはいっても高3と中3じゃ勉強範囲なんて断然ちがうから個別で顔を机に向かってノートにペンを取っている。
始まってから数分が経つが、会話はまだ交わっていないが気難しさより緊張さが際立ってしまう。ユキナリは男性だが、趣味は女装で口調が時たま(さっきでもなってた)女性言葉になるというチヅルに劣らず中々濃い一面を持っている。
初めて会った時、彼がまだ小学3年の頃だったが俺が本人に言われるまでずっと女性だと思い込んでしまう程、顔つきはかなりの完成度であり、体格も小柄で声は高くて女性的で、どの女性服を着こんでも似合ってしまうのだ。
LGBT的な物かと言われると本人曰く、そういうのではなく純粋に女装が好きで街に歩く時の背徳感が堪らないだという。
そのため、男友だちと2人でいるところを見かけたら、つい付き合っていると錯覚してしまう。
今のユキナリの姿は黒のタンクトップにカーキ色の短ズボンと、年相応の男子にしてはごく普通の格好だが顔が女子寄り、いや女子そのものだからこれでも女装と思ってしまう節が出てしまう。
そんな子と俺は2人っきりでいるんだ。
そりゃあチヅルと付き合った5年間に、ユキナリとは会話をちょくちょくしていた、がこんな状況で2人きりというのは初めてと同時に、晩御飯を誘われた時以外の昼間のリビングで、しかも俺ん家のリビングよりかなり広いのだから、ここで時間を過ごすのもたぶん初めてでこれが余計緊張を高めているんだろうな。
「ソウゴさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど?」
「どしたの? 分からないところが出たの?」
「いや、そうじゃなくて」
なんなんだ? 勉強以外何が聞きたいんだろ? ユキナリは人差し指で頭を掻いて視線を下に逸らす。
チヅルと別れる前までは、中学に上がるまでは俺を呼び捨てで呼んでいたのに、さん付けで呼んでいるのはどうしてだ? 中学から意識する先輩後輩の関係意識の影響かな?
「うーーん、ちょっと失礼なんですけど。姉さん、チヅルのどこが好きなんですか?」
「え? それはなあ、急に言われても」
困るなあ、そういう質問はすぐ答えるのには抵抗があるんだよ、その人への印象を言うもんだから言葉を選ばないとダメなんだよ、特に家族の人に対しては。
答える時間を延ばせば延ばす程ユキナリの瞳に俺の姿が大きく映る。
ここは嘘でもいいから慎重に答えないと。
「アイツは優しいし、ああ見えてしっかりしていてさ、そんでもって笑顔が似合うんだ。そこがアイツの好きなーーーー」
「いやそういう当たり障りのないことを聞いてるんじゃなくて」
「え?」
「聞きたいのは内面じゃなくて身体のこと。身体のどこが好きなの?」
「え? そっちなの?」
ヤバイな、いかにも中学生らしい聞き方だが、明確になったら余計答えづらくなったな。
これはどうしようか、相手が相手だし、いや男同士だから答えても大丈夫かなたぶん。
「その、アイツの好きなところと、いうか場所はそうだな、身長かな」
「身長?」とユキナリは不思議に言い返す。
「そうだよ、俺は背が高い女の子に目がないんだよ」
「でも女の子は自分より背が低いのが良いんじゃ?」
ユキナリが聞いた通り、大抵の男は身長が低い女子を選んで好む傾向がある。
中学に入学した当初のチヅルは172cmと、同学年の男子の半分以上より高くて存在が目立っていたのである。
俺が知る限りその時からの男子評は身長以外は素晴らしいと称されていた。
ヒロユキもその中の1人でチヅルと初デートする前に「背が低かったらもう完璧なのに」と口にしていた。
チヅルの存在が目立っていたのは家柄や性格や肩書より、高身長という見た目から来ていたのだ。
実際入学式の時にはみんなが彼女を中心にドーナツ状に囲み、好奇な目で見ていたのは昨日のようにハッキリと覚えている。
俺は他の男と違って自分より背が高い女の子がドストライクなんだ。でも最初からそうではなくて、付き合ってから5週間目でこの家に初めて来た時に、チヅルの部屋で2人で遊んでいたら突然彼女に後ろから抱き着かれた。
すると突然、全身にとてつもない電撃が渡り始めて女性の長身に興味を抱き、チヅルとの関係が長引ければ長引くほど、俺は長身女子の虜になった。
きっかけというのは、ほんの些細なことで起こるんだ、と昔じいちゃんから耳にタコができるぐらい聞かされてはいたが、本当にそうなんだと痛感しているよ。
「あのなユキ君、女性てのは自分より背が低ければ良いて物じゃないんだ。俺がチヅルに惚れたのは背が高いからなんだ、あの大きさで抱かれる時の包容感はたまんないんだぞ。ユキ君だって姉さんに抱いて貰ってたからその気持ちは分かるだろ?」
「ええそうですか、私はオッパイが良いと思ってたんだけど」
「オッパイ!?」
「そう姉さんたちはオッパイが大きいじゃないですか?」
俺はオッパイという言葉に驚いてオウム返しをしてしまった。
ユキナリはマンガの主人公のような真剣な顔付きで、いきなりオッパイについて説い始めた。
「オッパイてのは女性の1番象徴的なシンボルですよ! あれが大きくてあってこそ女性特有の包容さが生まれるんです。なんで姉さんたちがあんなに男性から人気なのか判りますか? オッパイが大きいからなんです!」
「オ、オゥ」
「身長が大きいからって、チヅル姉さんを大型犬か何かを思っているんですか!? 本当に女性として見てるんですか!? 女性として見ているならオッパイの方にも目を配ってくださいよ!!」バァン!
「わ、わかったよ」
なんで好きなところを聞かれて素直に答えただけなのに、オッパイについての熱弁を聞かされてガチ説教されなければいけないんだよ。
しかも熱入りすぎて台バンしてるよこの中学1年生。文字とおり背が引いちゃったじゃないか。
てか親父も昨日同じことを聞いてたな? まさか親父もこのようなことを言おうとしてたのか!?
俺も好きっちゃ好きだけど、どんだけオッパイに熱い想いを抱いてるんだよ俺の周りは?
「ちなみに私はオッパイが大きい女子が大好きです」
言葉に出さなくても知ってたよ。何オッパイが好きって言ってるだけなのに勝ち誇った顔になってんだ?
にしては中学生の下世話にしてはなんか達観いてるというか、女を知ってるような言い回ししてんだよな。
まあ思春期突入の子どもなんてそんなもんか。俺も中学の時はそんな話を学校でも男友だちで囲んで盛り上がっていたし、なんなら小学の高学年になると毛が生えたまだ生えてないかて時たま話してたりしてた。だから彼の趣味趣向はどちらかというと健全な方向に進んでいると思う。
女装趣味による背徳感は別として。
「そうなんだ、どんな子が好きなの?」
「だからオッパイが大きいーーーー」
「それ以外だよ! 胸以外にもまだあんだろ!? 俺が言ったんだからお前も何か吐けよ!」
「もう言ったじゃないですか!」
「男はみんなオッパイが好きだからノーカンだよ! さあ言うんだ、どこが好きなんだ?」
今度は俺が女性の好みについて聞いてみた。ユキナリは目を泳がせて困惑しながらも、自分の好みを考え探っていた。
まあ今ここにいるのは俺とユキナリだけで、男同士だから女性蔑視じゃなければ何を言っても構わない、言ったことは口外にはしない。
考え終わったユキナリはオッパイの時とは違い、もじもじと言うのをためらっていた。
「ええっと、なんて言えばいいのかなあ、そのぉ」
「なんだよ? 良いから言いなって、他にはバラさないから」
「だったら信じて良いんですよね?」
「もちろん! 言ってごらん!」
俺が発言するよう優しく誘導すると、ユキナリは耳を赤くして「じゃあ言いますよ」とカミングアウトしようとした。
「唇というより、キスがかなり上手い人が好きなんです」
「キス? そんなに好きなのか?」
「え、ええ今付き合ってる彼女がそれですから」
「今、彼女がって!?」
俺はつい筆を止めて言葉の意味を聞き直した。ユキナリの言ってることは大層難しい事じゃないが、意外なカミングアウトがきたもんだ。
ユキナリは頷いて答えてくれた。