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店を出ると人の波がゆっくりと流れていた。

歓楽街の夜でもこんなに人が溢れ返ることはそうないだろう。

「もしかして、これみんな王様の顔を見に行こうとしてるんじゃないですか?」

「うぅむ...。お前さん迷子になりそうだな。」

「な、なりませんよ!」

「そうかぁ?」

するとドランが良いことを思い付いたと言わんばかりの顔をし、手招きをした。

「な、なんですか...?」

「良いからこっちこいって兄ちゃん。」

「はぁ...?っとうわぁ!」

ドランは僕の脇腹を掴みあげるとそのまま自分の肩へ載せてしまった。

肩車だ。

「ちょ、ちょっと!僕子供じゃありませんよ!」

「がっはっはっは!!なぁにがボク子供じゃありませんヨ~、だ。まだ下の毛も生え揃ってない癖に強がるない。」

ドランの下品な物言いに顔が熱くなる。

「なっ!何で知ってるんですか!?」

「お、おお...冗談のつもりだったんだが...。すまんなぁ坊主。」

「へ、冗談...?」

「ああ。すまん。」

「そうでしたか...。」

ドランが人の波に沿って歩いていく。

人を掻き分けるわけでは無く、人と人の呼吸に合わせ隙間を縫うように歩いていた。

山賊のような見かけや言動によらずとても器用な人だ。

「どうだ坊主!見晴らし良いだろう!」

「...普通です。」

「ガハハハハ!機嫌は治らんか!」

都の大通りに合流した。

先ほどとは比べ物にならない人の量だ。

それでもドランはすいすいと先へ進んでいく。

ドランの肩の上からだとかなり先まで見渡せる。

街灯と月の明かりが人々を照らしている。

巨大な城門が見えてきた。

街を守るかのように城門の左右には2体の巨大な魔獣の石像。

城門には恐ろしげな魔獣の彫刻が施されていた。

「ここ、すごく大きな街なんですねぇ。」

「おお、坊主は見るの初めてだものな。壮観だろう。」

「はい...。」

人の量も街の規模も見たことがない大きさだった。

ドランの肩に乗って城門の近くまで来ることができた。

何か騒がしい音が聞こえてきた。

「皆の者!道を開けよ!ええい!道を開けぬか!」

馬の蹄が道を叩く音と、苛立つ男の声が後ろから響いてきた。

後方の人の波が割れていく。

「よい、ここからは歩く。」

「い、いけませぬ!このような下々の者と同じ場を姫がお歩きになるなど...」

「くどい。」

石が敷き詰めてある道を靴裏が叩く音が近づいてくる。

「おっと、お出ましだぜぇ。」

ドランが言った。

人の波を割り歩いてくる1人の女。

黒くタイトなドレスを褐色の肌に纏い堂々と進んでいく。

赤く長い髪が歩く度揺れる。

ヴァレシアだ。

「いやー、おっかねえなぁ。坊主がここにいるってのに気づきもしねぇや。」

「今日の朝とは、別人みたいだ...」

「ほぅ、坊主も鋭いじゃねえか。ありゃあ、腹に一物抱え込んでるって顔だぜぇ。」

「何か、楽しそうですね。ドランさん。」

「あぁ。何か起こりそうな匂いがプンプンしてなぁ。こういうときが1番の稼ぎ時だ。」

「あはは...。」

ヴァレシアが門の前に立った。

「開門!!!」

鬨の声のように響き渡る声をヴァレシアが放った。

門番たちが慌ただしく動きだした。

巨大な門が仰仰しい音をたてながら開いていく。

周りの人達の興奮や好奇心が音となって響いてくる。

どんな顔なのか、何を語るのか。

開いていく門に皆の眼が釘付けだ。

開ききった門の外側に人が立っていた。

豪華絢爛な馬車も目を見張るような護衛も何一つ無かった。

人が1人だけ立っていた。

それも、今にも倒れそうな老木のような風体をした華奢な老人だ。

汚ならしいボロきれを見に纏い、今にも破れそうなリュックサックを背負っている。

灰色で縮れた髭は腹の下のまで伸びていた。

老人がゆっくりと杖を付きながら門の中へと入ってきた。

歩ける筋力すらなさそうな老人だった。

その人がヴァレシアの前に立った。

即座にヴァレシアが膝を地についた。

「王よ。帰還されたこと、心より嬉しく思います。」

「ぅむ...。」

「それで...」

ヴァレシアが何かを良い淀み、意を決したように口を開いた。

「探し物は、見つかりましたか...?」

老人はその言葉を噛み締めるように聞くとゆっくりと首を横に振った。

「そう、ですか...」

ヴァレシアの声に安堵のような色が混じる。

「ヴァレシアよ...手を、出しなさい。」

「は...?」

老人が震える手を自分のポケットに突っ込み、取り出した何かをヴァレシアの手のひらに載せた。

「これは...。」

ヴァレシアの手の中にはうす汚れた赤い毛が載っていた。

「...旅、の途中で、襲ってきた刺客の髪じゃ...。これを、見たらそなたに、会いとうなってなぁ...」

「...その愚か者には感謝しなければなりませんね。こうして王の帰還を祝うことができるのですから。しかし、相変わらずお強いですね。お父様。」

「いや...。」

老人はうつむき加減で頭を振った。

「儂は...老いた...。」

夜空を仰ぎ見て老人が言った。

「...老いて、弱くなった...。ついには生涯求め続けた物も見つけられなんだ...。」

「お父様...。」

「ヴァレシアよ。そなたに、王位を譲ろう。」

「!?」

周囲の人々にも伝わるほどの動揺がヴァレシアに走った。

「明日の朝、正式にその旨、民達にも伝えよう。ヴァレシアよ...。」

小さく華奢な老人がヴァレシアの肩を抱いた。

「セント王国を頼んだぞ...。」

歓声が2人の王族を包んだ。

この場にいる誰もが興奮し、祝福の声を送っていた。

「すごい歓声...。お祭りも凄いことになりそうですね。...?ドランさん?」

ドランが沈黙していることに違和感を覚え、顔を覗きこんだ。

「なぁ坊主。」

「は、はい?」

「お前さん。俺に何度命を救われた?」

ドランの眼は爛々と輝き、顔には悪い笑みが浮いていた。



翌朝。

ヴァレシアは化粧台の前で、王のことを考えていた。

「何を考えている...狂王...。」

今回の帰還は想定外のものだった。

自分が送り込んだ刺客が返り討ちに合うことは折り込み済みであったが、まさか密偵を巻いて帰国するとは思いもよらなかった。

「チッ...。使えん駒共だ...。」

王が持ち帰った赤い毛をゴミ箱に捨て、手を払う。

鏡の側に置いてある写真立てに眼を走らせた。

そこには優しい笑みを浮かべる母と姉、そして無邪気に笑う幼い自分が写っていた。

「待っていて下さい...。母様、姉様。必ず、必ずや奴を...。」

優しく笑い続ける2人に誓い、ヴァレシアは部屋を後にした。

城下が見渡せるバルコニーに立った。

民達の姿が城の下方に広がっていた。

多くの人間が住んでいることを再確認させられる光景だ。

昨日の今日だと言うのに伝達が早い。

彼らに取ってそれだけ感心が高い出来事なのだ。

無論、私に取っても。

「ぉお...。ヴァレシアよ...もう此処におったのか...。」

通路の奥から正装をした王が共の手を借りて歩いてきた。

「カカ...。王になるのが待ちきれんようじゃのう...。」

「い、いえっ!決してそのような事は...」

「カカ...からこうただけじゃ...。」

そう言って王は乾いた笑い声をあげた。

チッ...。

思わず舌打ちをする所だった。

「ヴァレシアよ...手を...」

「はい。お父様。」

枯れ木のように弱々しい手を握った。

王と共に民の前に姿を晒す。

城下の民達の歓声がここまで届いてくる。

王が片手をあげると民達が静まっていく。

「...皆の者。久しいのぅ。こうして皆の息災ぶりを見ることができて嬉しく思うぞ。」

魔法によって増幅された声量が大きく鳴り響いた。

「...余、ダギラル一世は、我が娘であるヴァレシアに王位を譲る事にした...」

王が握っていた私の手を民に示すかのように掲げた。

民たちの歓声が大きく響く。

王の帰還と新しい王の誕生に皆湧いているようだ。

大切な民にここまで祝福して貰えることは王として嬉しい限りだ。

思わず顔がほころぶ。

「...しかし...」

なぜか、王の言葉が続いた。

「...しかし、余は、考えた。本当にそれで良いのかと...」

何を、言っている?

「このセント王国にて王になるは強者のみ...。我が娘ヴァレシアの実力は皆が知っている通り、比類なき強者よ...。しかし、それは戦場でのこと...。」

民たちの間にざわめきが広がっていく。

「このセント王国で正当なる強さを示したくば、己とそして魔獣を以て証明せねばならぬ...よって...」

やめろ。

「余、ダギラル一世はここに!王位継承戦を行うことを宣言する!!」

やめろ。

「勝者には王位を!!敗者には死を!!王族の喰らいあい!刮目して見よ!!!」

狂ったような歓声が城下から巻き起こった。

「ヴァレシアよ...。」

枯れ木のような王の手に力が入っていくのを感じた。

「クッ...!」

痛みに耐えかね手を振りほどこうとしたが、王の手は離れない。

「ヴァレシアよ...。そう急くでない...」

身の毛がよだつような笑いが王の顔に張り付いていた。

「王族通しの殺し合い、楽しもうぞ...。なんせ...。

130年ぶりの宴じゃからなぁ...。」

「貴様ァ!!!!!」

抑えの効かない激情がヴァレシアの右手を王の心臓へ突き動かした。

「よいのか?ヴァレシア...。」

その瞬間、ヴァレシアの右手は静止した。

「カカ...。偉いぞ、ヴァレシア。民の前でよく自制した。やはり、王の器よな...。だが...」

王がようやく左手を離した。

「それでは儂は殺せぬ。」

「王よ...貴様は私が殺す!絶対だ!!」

「カカカ...。楽しみにしておくぞ。美しき我が娘よ...。」

王は再び共の手を借りながらゆっくりと歩き闇の奥へ消えて行った。

1人残されたヴァレシアは歓声に包まれながら怒りで震える拳を握り続けた。




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