壊れた異世界人 接触
2020/08/26 誤字修正
異世界人との接触開始日。
要人警護施設の受付に来ている。
もちろん、軍服だ。
下着一枚で来るような、キチガイではない。
そもそも下着姿では、施設にも入れない。
昨日、届いたに箱の中には、怪文書と一緒に、対魔術装備が同封されていた。
身代わりの腕輪2つ、魔術耐性向上の魔術結晶。
装備品は軍用なので正式な文章だと思うのだが。
軍用魔術耐性装備で、施設に来ている。
多分、
この格好でいいのだと思う。
ユミル:
「情報部伍長、ユミルです。
面会に来ました」
受付:
「ユミル伍長、しばらくお待ちください」
少し下がって待つことにする。
異世界人との交渉は、軍として3回目だ。
本来であれば、異世界人への交渉は士官が行うものらしい。
下士官の僕が、交渉人になるのは異例中の異例だ。
本当は何かの間違いで、夢ではないのか?
ノルナゲスト少将の資料では、
下士官である僕が交渉することになっている。
書類を読む限り、僕にはある程度の裁量権認められているようだ。
同封されたチケットを見る限り、嘘ではないだろう。
少将は、手段を選んでいられない状況で。
僕はかなりマズい事態に巻き込まれているはずだ。
交渉担当者は、病気もしくはケガによる療養をするため、
僕がその間、代行するという事になっている。
代行すると言っても、交渉の準備だそうだ。
ギシギシッ、カン。
軽装備の警備兵が、やってきた。
警備兵:
「ユミル伍長ですか?」
ユミル:
「はい」
警備兵:
「ご案内しますので、付いてきてください。
面会に来られるときは、毎回受付を通してください。
面倒だとは思いますが、規則となっておりますので。
警備などの事情で、部屋が変わる場合もあります。
我々護衛兵がご案内いたしますので、よろしくおねがいします」
ユミル:
「ありがとうございます」
妹の待遇改善がかかっている。
何とか成果を挙げたい。
交渉の基本姿勢は……
異世界人の立場に寄り添い、願いがあればそれを手伝う。
軍への協力は二の次だ、最優先は生命の確保
しかし、生命活動の保護とは?
現在どういう状態なんだ……
事前情報はないに等しい
地位、名誉、金、女に興味を示さない
そもそも異世界人は我々と、同じ思考基準なのだろうか?
異世界人の求めていること……
それは、おそらく家族だ。
色々と考えていると、警備兵が立ち止まった。
警備兵:
「こちらの廊下をお進みください。
自分は、ここに待機していますので、
お帰りの際はお声掛けください」
ユミル:
「ありがとうございます」
警備兵から、果物の入ったカゴを受け取り、
一本道の廊下を歩いていく。
道が一本なのは隠れるところを、無くすためだ。
分岐がなければ、不審者がいても必ず遭遇する。
さすが、要人専用の施設。
しばらく付いていくと、木目が美しい両開きの扉があった。
通常の扉より一回り大きく、持ち手にもシンプルな装飾が施されている。
嫌みな装飾ではなく、洗練されていて気分を落ち着かせた。
こんなところで、妹と暮らせたらな……
コンコンコンコン。
扉をたたく音も、いつもと違うように聞こえる。
しばらく待つが、返事はない。
コンコンコンコン。
扉をもう一度、たたく。
しばらく待ってみるが、返事が返ってこない。
どうする?
帰るわけにはいかない。
コンコンコンコン。
扉をたたくと、扉を開けた。
ユミル:
「失礼します」
扉を開くと、血の匂いが流れ込んできた。
体から汗が吹き出し、ドクドクと心臓が激しく打ち始める。
邪魔なカゴは捨てた。
馬鹿な!
ここは、軍管轄の要人警護施設だぞ!
目は鋭くなり、拳を強く握りしめる。
身を構え、最大限に警戒をしながら、扉をくぐった。
クソッ!
ここでは、武器の携帯が許されていない。
壁を背にすると、周りを見渡す。
100m2ほどの広さ。
室内にはキングサイズのベッドが一つ、そこには誰かが寝ているようだ。
片側にはサイドテーブルが置いてある。
ベッドの両側には、背もたれのある椅子がそれぞれ二つ。
一人が奥に座り、力なく頭を下げグッタリと下げている。
壁・床には、血がべったりとついている。
天上にも点々と血がつき、ここで起きた惨劇を物語っているようだ。
ユミル:
「殺されているのか?」
集中力が研ぎ澄まされていく。
犯人はどこだ!
まだ居るのか?
辺りに目を配りながら、壁を背に歩く。
慎重に、ベッドに近づいていった。
ガン。
しまった!
緊張のあまり、肘が壁を叩いてしまう。
不明:
「んっ……」
椅子に座っていいた人物が、小さな声を上げる。
両腕を天井に向かって、力ずよく伸ばすと声を上げた。
不明:
「ウーーーーーーーーーーーン。
寝ちゃった……」
ユミル:
「君!、大丈夫か!」
椅子に座っていいた人物が、
目を細め、怪訝な顔で話しかけてきた。
不明:
「ユミル、そんなとこで何やってるの?
新しい遊び?」
あれっ?
さっきまであった、ピリピリとした感覚、
緊張が嘘のように溶けていく。
ユミル:
「フリスト?
そこで……
何やってんの?
どういう状況?」
フリスト:
「ん?
俺様?
俺様は、勇者様のお世話係だよ。
ユミルもしかして勇者様を説得に来た?
いやー。
何度も上申したかいがあった。
ほら、早く、早く」
ユミル:
「相変わらず……
もっと、女らしくできないのか」
フリスト:
「フン。
俺様は、俺様だ。
文句を言われたくない。
説得するために、お前を呼んだんだ。
早く、話し合いを」
ユミル:
「それより、この血の匂いは何だ!」
フリスト:
「別に。
俺様は、気にならないが?
ほとんどが、昔のやつだろ。
周りをよく見ろ」
もう一度、周りを見渡す。
至る所に赤茶色のシミや汚れがある。
錆びた鉄の匂い。
血痕だな……
ん?
よく見ると古い、鮮血ではない。
ユミル:
「何故こんなことに」
フリスト:
「ああ、これね!
どれから、説明しようかな……
強い血の匂は、勇者様のだよ。
つい3時間ほど前にね。
今朝なって、急に勇者様が肉を食べたいって言いだしたんだ。
最近ほとんど食事をされないので、俺様は喜んで準備したんだぞ。
そしたら、肉を切るために出したナイフで。
自分の首の頸動脈を、サックッと。
見事な覚悟だったよ。
血がビューと噴き出して、俺様が手当てしたというわけ!
いやー。
参った、参った、油断してたよ。
あははっは大変だった」
ユミル:
「笑うところじゃないだろ……」
フリスト:
「はっはっは。
俺様の的確な手当で、大事にはならなかった。
この可能性を予期していたからな。
俺様は天才だから、すぐ行動できたのさ。
偉いだろ?」
フリスト:
「何言ってんだよ!
危険性があるんだったら、止めろよ!」
フリスト:
「食事を取らせないと、死んでしまうしな。
だから、こう……
少しでも前向きになるように、説得してほしいんだ。
大至急で!」
上目遣いで、微笑みかけてくる。
部屋を見渡す。
要人用の宿泊施設にしては、まったく物が無い。
花を飾るための花瓶すら、置かれていない。
刃物になりそうなものを、排除しているのか?
ユミル:
「オイ
どういう経緯で世話人になった」
しばらくウーーーーン。
と考え込んで、答えた。
フリスト:
「いや、別に。
異世界人が来ているという噂を、耳にしたから」
ユミル:
「どこから、そんな噂を……
そんな簡単に、手に入る情報じゃない」
フリスト:
「ん……
体を売ってきた……」
ユミル:
「ごめん……」
フリスト:
「あと、上申書かな?」
ユミル:
「上申書?
あれか……」
フリスト:
「1日に3通、上申書を提出しただけだよ。
まぁ、
最後の方は書くことが無くなって、片腕でいいからお世話したい。
指一本、爪ひとつ、髪の毛一本でもいいですーって。
排せつ物でもいいから、お仕えしたいとも書いたな。
もちろん本気じゃないぞ。
悪ふざけで!
上司に直談判もしたかな。
矢とか、投げナイフ、汚物もな……
あぁ、大丈夫。
俺様だとわからないように、やったから。
昼夜問わず?」
ユミル:
「お前!」
その他:
「そしたらシグニューちゃんがやって来て。
偉そうに言うんだよね。
お前のような気狂いなら、十分任務に耐えうるだろうって。
失礼だよねー。
こんなかわいい乙女を捕まえてー。
あっ。
でもシグニューちゃんには、感謝しているんだよ。
勇者様に、出会えたんだし。
早く従者になって、世界をまわりたいなぁー」
シグニューちゃんって……
シグニュー少佐?
上司だろ?
なんで、お前は無事なんだ?
ユミル:
「シグニュー少佐を、ちゃん付け……
お前、頭は大丈夫か?」
フリスト:
「失礼な、正常なはずだ。
俺様の頭のことよりも、勇者様ことが気にかかる。
おはようから、お休みまで。
ずーーーーっと、陰気な事ばっかり言ってる、かな?
死にたい、殺してくれ、とか言っちゃって。
実力行使で、血がビューーーーってなるし」
ユミル:
「お前、物騒なこと笑顔で言うのはやめてくれ。
それと……」
ユミルの言葉は、遮られフリストの話は続いていく。
フリスト:
「周りの連中が、ムカつく。
勇者様の事を、壊れた異世界人って呼ぶんだよ。
こいつは狂っている!って!
この世界を救う、勇者様だぞ!
蒙昧なる愚民ども、失礼極まりない!
俺様以外の世話人は、キツイんだって。
疲れ切ってしまう人もいるみたいでさー。
今ではもう。
俺様以外、面倒をみている者は居ない。
俺様が専属で世話をしている」
フリストは、黙り込む。
こちらを睨んできた。
フリスト:
「オイ、ユミル。
お前のその格好はいったい、何だ!
手紙を読まなかったのか!
一刻も早く、説得しろ。
さっさと服を脱げ、勇者様に失礼だ」
ユミル:
「あの怪文書。
本気だったのか……
下着姿のほうが、失礼だろ!」
フリスト:
「そんなはずは……ない!
異世界ではそれが正しい作法だ!
たぶん。
ユミル。
お前、人の話を聞いているか?
説得しろと言ってるのに。
今すぐだ、早く服を脱げ」
馬鹿は放っておいて。
異世界人と話をしなくてはならない。
僕は、ゆっくりと異世界人へと近づく。
視界がグニャリと歪んだ。
何か飛沫のようなものが、天井へと舞う。
それが僕の血だと気づいたときには手遅れで、世界が暗転する。
バキッ、バキ。
フリスト:
「だから、言ったのに……」
感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。
おかしい部分や修正点、加筆部分なんかを知りたいです。
よろしくお願いします。