壊れた異世界人 特別任務
2020/09/06 誤字修正
後輩:
「ユミル伍長
報告書の提出は、いつ頃になりますか?」
ユミル:
「明日の昼までには、提出できます」
後輩:
「少尉には、そのように伝えておきますね」
ここは、アスガルド大陸。
神竜によって建国された、竜の国だ。
巨大な力をもつ竜が4体いて、分割・統治していた。
大陸中央部より上に、この大陸を分断する山脈がある。
北の地域を、ヨトゥンヘイム。
南の地域は、さらに3つの地域に分割され、
中央を、ミッドガルド。
東側を、ヴァナヘイム。
西側を、スヴァルトアルフヘイム。
と4つの地域に分かれていた。
それぞれの地域には、巨大な力をもつ竜が1体いて、統括王として支配している。
僕が今いるのは、スヴァルトアルフヘイム。
統括王・ローラ様が管理している地域だ。
後輩:
「ユミル伍長は、これから資料室ですか?
勉強熱心ですね」
ユミル:
「自分は、そういう立場だからね……」
後輩:
「ユミル伍長。
自分は、そのような事は気にしておりません」
ユミル:
「ありがとう」
僕は、スヴァルトアルフヘイムの竜族ではない。
ヨトゥンヘイムの出身だ。
10年前、賢人族が、
竜の国へ大規模攻勢を仕掛けてきた。
ヨトゥンヘイムの統括王・アウラ様は、
多くの国民を逃がす為に、前線で戦い続けたという。
僕はこの戦いで、父と母を失い、妹は大火傷を負った。
6年以上激戦は続き、ヨトゥンヘイムは敗北する。
僕と妹は避難民として、ミッドガルドを目指したが、そこでの境遇は酷いものだった。
厄介者の僕らは、同胞であるはずの竜族。
ミッドガルドから度重なる攻撃を受け、多くの避難民が殺された。
受け入れられる、筈がなかたんだ。
ミッドガルドの人口は、約2000万人。
ここに200万人を超える避難民が、突如、現れたのだ。
このとき、ミッドガルドも賢人族から攻撃を受けていて……
精神的、肉体的にも限界にあり、食料を始めとした各物資も枯渇状態だった。
受け入れればミッドガルドの国民の多くが、飢えて死ぬだろう。
明日飢えて、死ぬのは自分。
もしかしたら愛する家族かもしれない。
猜疑心に支配された、一部の暴徒が避難民を殺したのだ。
このとき、スヴァルトアルフヘイム・統括王ローラ様が。
ヨトゥンヘイムの難民の受け入れを宣言し、護衛の軍と物資を送ってくださった。
僕たちはローラ様に、命を救われたのだ。
どんなに感謝してもしきれない。
スヴァルトアルフヘイムの人口は、1000万人。
最終的な受け入れた難民は、300万人を超えた。
統括王ローラ様の、この決断は狂っている、自国民に多大の犠牲を強いただろう。
スヴァルトアルフヘイムも激戦の最中だったはずだ。
僕らは、厄介者なのだ。
この国の役に立つために、努力し続ける必要がある。
努力して、努力して、努力しても、まだまだ足りない。
雑用でも、殺しでも、どんな事でも僕はいとわない。
僕がこの国に見捨てられたとき……
妹は死んでしまう。
少尉へ報告書を提出したとき、雑用を頼まれる。
いつもの事だ。
今回は、倉庫の整理。
軍上層部の管轄区域というのは珍しかったが、
早くやってしまおう。
僕は今、扉の前に立っている。
何処にでもある、飾りもない木製扉だ。
30㎡ほどの小さな倉庫のはずだ。
軍上層部の管轄というだけで、重厚な作りに見えるから不思議だ。
誰の手伝いをするのだろう?
士官に、粗相があっては不味い。
緊張からか、手が震える。
コンコンコン、コン。
ユミル:
「情報部伍長、ユミル。
お手伝いに参りました」
不明:
「入りたまえ」
ユミル:
「失礼します」
中に入ると薄暗く、木製の箱が雑多に積まれている。
紙の束やら軍の物資が入っているようだ。
部屋の中央に、40代の男が席に座っている。
脇には60代の男がもう一人、紙の束を持って脇に立っていた。
階級章が見当たらないが……
だが、上級士官に間違いないだろう。
ポツンと椅子が置かれている。
なんとも言えない光景だ、不自然極まりない。
あの椅子は、僕が座るのだろうか?
倉庫整理の手伝いとして、呼び出されたはずだが。
上級士官60代:
「ユミル伍長、まずは椅子に座りなさい」
ユミル:
「失礼します」
ギシッ。
言われるままに、腰をおろす。
いまいち状況が読み込めない。
上級士官60代:
「我々のことを気にかける必要はないし……
覚えておく必要もない。
また、ここで話された内容は、他言無用だ」
パラ、パラ、パラッ。
40代の男が、紙に目を通している。
ニコニコしながら、話しかけてきた。
上級士官40代:
「やぁ、ユミル君
体の具合は、どうかな?
風邪とか引いたり、していないかな?」
ユミル:
「はい、問題ありません」
上級士官40代:
「それは。
よかった。
ところでなんだが……
君の妹。
エイルさんだったかな?
治療が大変なんだって?」
僕は、目を細めた。
ユミル:
「はい。
軍方々には、妹の治療していただき、感謝に堪えません」
脈拍が一気に加速する。
理解できない。
いったい何が、起こっている?
嫌な汗が、ほほを伝って首へと流れていく。
汗で濡れた手を、無意識に握りしめた。
どうして、妹が……
上級士官40代:
「治療か……
すまないね。
傷を洗ったり、鎮痛剤を飲ませるくらいしかできなくてな。
それでも、金も人員も必要なんだよ。
君の働きぶりは聞いている。
だが、足りない。
足りないんだ!」
嫌な空気が流れる。
食事や衣類支給品などを除けば、無給で働いているのに。
これでも足りないのか……
ユミル:
「申し訳ありません。
働く時間を増やせば、よろしいのでしょうか?
お知恵をいただけたら、嬉しく思います」
上級士官40代:
「情報部ユミル伍長。
君に特別任務だ。
我が国は現在、異世界人を保護している。
君はその人物と接触して、交渉にあたってもらいたい。
言葉は通じるので、心配はいらない。
交渉内容は、わが軍への協力。
従軍が理想だが、必須条件ではない。
ただし、彼の生命活動の保護を最優先しろ。
生命活動を2年間以上保護できるのであれば、軍への協力は破棄してもかまわない。
情報は、集められるだけ集めろ。
君に拒否権などない。
交渉の開始は、今日より3日後だ。
場所は軍の要人警護施設で、自分の所属と名前を伝えろ。
案内されるように手続きは済んでいる。
ある程度の成果が得られれば、妹さんの治療環境も大きく向上するだろう。
疑問があれば答えよう」
長い沈黙の後、絞りだすように声をだした。
ユミル:
「それでは。
接触対象の保護されてから経緯。
人物像。
過去の交渉履歴。
2年間の生命活動とはどういう意味でしょうか?
異世界人とは……
あの異世界人でしょうか?
また、自分が交渉任務に選ばれた経緯を教えてください」
ギシギシ、ギシ。
椅子の音が静かに響いている。
上級士官40代:
「いいだろう。
保護の経緯は、我が軍の特別部隊が救出したという事だ。
人物像は、自分で直接確かめるといい。
事前情報で、余計な思い込みが生まれても問題があるが……
異世界人は、すべての人物に対し懐疑的であると言っておく。
2年間の生命活動とは、2年間生きているという事だ。
ただし、こちら側への強烈な憎悪・拒絶、虫の息では困る。
どうして2年間の生きてもらう必要があるのか?
という意味であれば。
期間の選定理由、生存の必要性に関して、君が知る必要はない。
交渉の履歴だったな……」
ヴッヴンンと咳払いが響く。
上級士官40代:
「2回の交渉歴がある。
結果は失敗だ。
軍部の馬鹿どもがおこなった。
1回目は、地位、名誉、金、女、領地を、
交渉材料として失敗している。
2回目は、1度目と同様の条件で別のチームが交渉した。
しかしその交渉により、対象が食事を摂取しなくなった。
自分たちの成果固執した馬鹿どもが、責任を押し付けるために。
こちらに回してきた、という訳だ……
だが我々にとって、これはチャンスでもある。
異世界人を入手できる機会は限られている。
現在、我々は交渉をするのに先立ち、情報の収集を行っていたわけだが、
その過程で問題が山積している事がわかった。
問題解消に向けて、分析と対応をしていく。
だが、それには優秀な人員が必要で時間もかかる。
こちらも人手不足でね……
だからといって、この機会を手放すわけにもいかない。
時間稼ぎとしての交渉人を、選定する必要性が出てきたということだ。
さて、ユミル伍長。
フリストという人物は、知っているよね?」
フリストという言葉を聞き、フーーーと息が出る。
ユミル:
「はい、知人ではあります」
あの馬鹿か!
緊張が取れると同時に、嫌な汗がにじみ出てくる。
巻き込まれた!
ユミル:
「あの馬鹿!何やりやがった!」
心で呟いたと思っていたが、声に出ていたようだ。
ユミル:
「失言です。
申し訳ありません」
上級士官40代:
「ユミル伍長。
フリスト二等兵。
彼女に、好かれているのか、嫌われているのか……
そのあたりは、よくは知らないが。
フリスト二等兵から、彼女の上官に上申書が出ていてね、100枚以上も。
ユミルなら簡単に説得できる、から始まって。
足が臭いだの、性格がひねくれているなど罵詈雑言。
かと思えば、ほめていたりと、まったく理解できない。
私は、彼女の上官と知り合いで……
色々と相談をされたんだよ。
面倒くさいって。
本当に、本当に大変だった。
ネチネチ、ネチネチと!
あぁ、すまない。
話が大きく脱線してしまった。
交渉対象の異世界人だが……
フリスト二等兵に対して、心を開いている可能性が高い。
そして、異世界人から君の名前が出たとの報告もあるようだ。
フリスト二等兵が、他愛のない話でもしているのだろう。
君であれば、拒絶される可能性が多少は低くなると。
我々は、そう判断した。
そういう経緯があり、君が選ばれたという事だ。
能力や情報秘匿の面で、基準を満たしていたからね」
ユミル:
「フリストが、申し訳ありません」
上級士官40代:
「いや。
君が謝罪をする必要はない。
ところで、
君は、異世界人について、どこまで知っている?」
ユミル:
「異世界人ですか?
異世界から召喚され、上級竜に匹敵る強さを持つと言われる……?」
上級士官40代:
「まぁその程度だろうな。
異世界人は、かなり稀だ。
通常であれば、出会う機会は一生ないだろう。
異世界人は、利き腕と反対側の手に、冒険の書と呼ばれる魔導書を有している。
それは、探知できないが確かに存在するものだ。
見た目は人間族とまったく変わりなく、見分けもつかない。
その能力は、多岐にわたる。
未知の知識、超人的な戦闘力、驚異的な魔法力、空間の支配。
自身が望む力を、世界から1つだけ与えられるのだという。
たった一人で、1個師団を凌駕する存在もいるぐらいだ。
召喚するにしても、準備に半年以上かかり、
一人の異世界人を呼び出すのに、1000人以上の命が犠牲になると聞いている。
成功率も低い。
どちらかというと、禁忌の類いだ。
自然発生することもあるらしいが……
解明は、されていない」
1個師団!!
1万人の兵力と同等の兵器?
1000人の命が、1万人に化けるのか?
1万の兵力のと1万の兵力が戦えば、人員が消耗する。
だが、異世界人であれば……
異世界人が大きな怪我を負う前に、逃げ出せれば……
兵力を一方的に消耗させることが、できるんじゃないのか?
なんと効率がいい……
敵にいたら、危険極まりない。
ユミル:
「冒険の書とは、なんでしょうか?」
上級士官40代:
「冒険の書は、神より与えられた魔導書で、詳しいことは、まだ解明されていない。
とてつもない力が秘められているという。
異世界人自身が、使い方を知っているはずだ」
ユミル:
「そうですか……」
上級士官40代:
「フリスト二等兵、彼女にも協力してもらう。
彼女は、異世界人対して異常な執着を持っているようだ。
自身の為にも、異世界人を裏切ることはないだろう。
多少の情報が漏れたとしても、普段の言動から相手にはされまい。
必要であれば、しかるべき対応をとる。
資料は後で送っておくから受け取ってくれ。
以上だ。
他に疑問はあるかな?
無いようであれば、倉庫の整理を始めてくれ
何せ君は、倉庫の整理の為だけに、呼ばれたのだから」
そういうと、紙のリストを手渡された。
荷物の届け先や移動先が書いてある。
上級士官60代:
「さぁ、我々のことは、無いものとして振る舞うように。
まず、そこにある箱を。
フロアの反対側にある倉庫へと移動してくれ」
ユミルは箱を持ち上げると、何事もなかったかのように、
部屋を出ていく。
ユミルが、十分離れた頃……
上級士官60代:
「ノルナゲスト少将。
倉庫で話す必要があったんですか?」
ノルナゲスト:
「いや全然。
雰囲気?
雰囲気がだいじなんだよ。
それっぽいだろ?
我々にも、息抜きが大事だ」
上級士官60代:
「あなたは、全く……」
ノルナゲスト:
「よし、ヴァンランディ。
我々も退出しよう。
ユミル伍長には、無理だろうがな。
まぁ……
時間稼ぎぐらいには、なってもらいたい。
その後の交渉人の選定、情報収集、問題解決、やることはたくさんある。
異世界人の確保は、我々の悲願だ」
ヴァンランディ:
「彼が、異世界人の気分を害したら……
どうするんですか?」
ノルナゲスト:
「そのときは、そのときだ。
異世界人が気分を悪くしたなら、彼と妹の首でも差し出すさ。
気が晴れるかもしれない。
現状は、手詰まりだ。
シグニューに、貸も作ったし。
行こうか。
いい気分転換になったよ」
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