97.続・剛柔一体
街の迎賓館、向き合う俺とブルーノ。
「ダストボックス」
俺は魔法を使って、ダストボックスを呼び出した。
「いよいよですな」
「ああ」
俺はちょっとだけ緊張していた。
煮物の鍋、そのふたを開けるときと同質の緊張感、そしてわくわく感を同時に感じながら、ボックスの中から魔晶石を取りだした。
「おおおっ!!」
俺が取り出した石を見た瞬間、ブルーノは大げさとも取れる位の、オーバーなリアクションで感動した。
「縮んだなあ……」
俺は、取り出した魔晶石を見て、感慨げにつぶやいた。
500時間前、ダストボックスに入れたのはリンゴくらいのサイズのものだった。
それが500時間――ダストボックスの中で500年経つと、指の第一関節くらいの大きさまで縮んだ。
縮んだ分、美しくなった。
元々は何重もの層にはなっていたものの、層の境目がぼやけてたり、色々粗かったりしていたのだが、縮んだあとは逆にはっきりして、それによって鮮明に見えてきた。
「500年経つとこうなるんだな」
「はい……というより、さすがでございます陛下。本当にこのわずかな間で500年という時間を経過させてしまうなんて」
「そういう魔法だからな。さて」
「はい」
ブルーノは頷き、宝石箱を差し出した。
俺がブルーノに発注した、魔晶石=ブラッドソウルをもっとも引き立てることが出来る宝石箱だ。
「なるほど……たしかに、これに入れると魔晶石がより美しく見える。どういう魔法なんだ?」
「魔法ではございません。箱の形と、色、そして魔晶石が美しく見える角度にするための箱の内部の傾斜。それらを詰め込んだ箱です」
「へえ」
「商人の領分、小技でございます。お目汚しを致しました」
「いや、頼んでよかった。ありがとう」
「恐悦至極に存じます」
一礼するブルーノ。
俺は魔晶石を入れた宝石箱を丁寧にふたをして、「アイテムボックス」を呼び出して、中に入れた。
「これで向こうに無事渡る」
「陛下の分身に――でございましたか?」
「ああ。俺の幻影を変装させて、使節団に紛れ込ませた。向こうはここに入れた物を取り出せるからな」
「お見それいたしました。ものすごい魔法でございます」
俺はふっ、と微笑んだ。
シーラとの話がまとまった後、こっちからもキスタドールに友好を示す使節団を送ることにした。
ただ使節団を送るだけというのもなんだから、いくらかの贈り物を同時に持って行かせることにした。
そこで白羽の矢がたったのが、魔晶石=ブラッドソウル。
この国の名産になり、近いうちに「国宝石」に指定する予定のそれを贈ることにした。
更にただの魔晶石じゃなくて、ダストボックスで「熟成」させたものを贈ることにした。
そこで俺の幻影にハイ・ファミリアをかけてエルフの姿にして行かせて、ぎりぎりまでダストボックスに魔晶石を置いて、それから向こうに送った。
「上手く行くといいんだがな、今回こそ」
「今回こそ? それはどういう意味でございますか陛下」
ブルーノは首をかしげて聞いてきた。
「ブルーノには水の事を頼んであったよな」
「はい」
「その前に、スカーレットのアドバイスで、銀貨をつくって、技術力をアピールするという話になった。しかし銀貨だけじゃ攻撃的すぎるから、干ばつに水の支援って事にしたんだ」
剛柔一体。
スカーレットから始めた話と、ラードーンの教えをミックスさせた話だ。
「今回は使節団の贈り物に宝石を持たせた。友好を示す方法としては無難なものだ」
「おっしゃるとおりでございます」
「その宝石が、この国の名産――俺の手によって作れるものだった」
「それとなく力のアピール、という事でございますな」
「ああ」
「なるほど、さすが陛下でございます。その二つを自然にやってのけるとは。感服いたしました」
俺はフッと笑った。
これで、上手く行けばいいんだが。
☆
次の日、幻影のテレポートで、使節団が戻ってきた。
使節団に送ったエルフ達、そのリーダーであるレイナ。
彼女達は、数台の荷馬車とともに、街中に現われ、戻ってきた。
「お疲れ、どうだった?」
戻ってきた彼女達を出迎えて、俺はレイナに聞いた。
幻影は戻ってきて早々解除した。
レイナに聞いたのは、使節団の団長が彼女で、そうしたのは彼女に経験を積ませるためだからだ。
「キスタドールの王妃様は、魔晶石をすごく気に入っておいででした」
「そうか」
「シーラ様、そして国王は大いに驚いていました。魔晶石の真贋を最後まで見てました」
「真贋……?」
「本物だと信じられなかったようです。あれほどの魔晶石、それだけで大農園一つは買えるとかで」
「ああ、なるほど」
俺は頷いた。
そして、その値段にびっくりした。
「そんなに高価になるのか、あれは」
「最上級の宝石はそういうことみたいです。私もびっくりしました」
ある意味俺以上に世間知らずなレイナ。
彼女達は長生きだが、ピクシーからエルフに進化したばかりで、人間の価値観はそんなに詳しくはない。
「それで、これらの贈り物をいただきました」
そういって、荷車をちらっと見るレイナ。
「贈り物をお返しにくれたって事は、友好は結べたと思っていいんだな」
「はい。後日そのままシーラ様が派遣され、パルタ、ジャミールとの関係などをアドバイスしてくれるということです」
「それは助かる。人間の国と争わなくて良いのなら、それに越したことはない」
「リアム様がいる間は友好を保ちたい、ということでした。さすがリアム様です」
それを聞いて、俺はちょっとほっとした。
いきなり現われた封印の地、それを虎視眈々と狙っていた人間の三つの国。
これで、一息つけそうだ。
『もしもし! 主でござるか』
「ガイか、どうした」
いきなりテレフォンで伝わってくる、ガイの少し緊迫した声。
『人間が! ギルドのハンターが襲ってきたでござる』
「なに!?」
驚く俺。
ここは魔物の国、そして向こうはハンターギルド。
今まで現われなかったが、よく考えたらいつ敵になってもおかしくない組織がやってきた。