92.シーラ
ドラグーンが連れてきたドラゴンたちは見ててかわいそうになるくらい怯えていた。
確かに、この怯え方一つ取っても、ラードーン達とはまったくイメージが違うけど。
「そんなに違うのか? ラードーンジュニアと見た目も結構似てる気がしたんだけど」
『我と、我の仔らをあんなトカゲどもと一緒にしないでもらいたい』
ラードーンの語気に、珍しくちょっと怒っている色が混ざっていた。
『見た目に共通点があるのは認めよう。だがそれは人間とヒトデくらいの差がある』
「全然違うな!」
猿ですらないのか……。
それは、うん。
「悪い。見た目だけで判断してしまった」
『……分かってくれればそれでよい』
ラードーンとそんな話をしているうちに、先頭の隊長らしき女がドラゴンの制御を諦めて、背中から飛び降りた。
そして、スタスタとこっちに向かってくる。
五メートルくらいの距離で一旦足を止めて、手を口元にかざした形で。
「オーホッホホホ!」
と、天を仰いで高笑いした。
「えっと……」
「わたくしの名はシーラ、シーラ・オーストレーム。キスタドール第十九王女にしてオーストレーム家の初代当主よ」
「おぉ……素数だ……」
はじめて出会うタイプの人間に、俺はちょっとついて行けずに、ちょっとずれた感想を口にしてしまった。
「あなたが、魔物の国の王、リアム・ハミルトンね」
「あ、ああ。そうだけど」
「よろしい。ではさっそく、あなたに決闘を申し込むわ」
シーラはビシッ! と俺を指さして、宣言するかのように言い放った。
「……はい?」
事態の急展開にまったくついて行けなくて、ぽかーん、と口を開け放ってしまう。
「けっとうって……なに?」
「愚問ね、人と人がわかり合うためには何をすればいいと思う?」
「えっと……酒を飲み交わす――」
「拳を交える事よ!」
「えぇ……」
俺の言葉を遮って言い放ったシーラの言葉は、とてもとても漢らしいものだった。
「オーホッホホホホ! 驚いているようね。ええ、言いたい事はわかるわ」
「あ、わかるんだ」
てっきり分からないようなタイプの人かと――。
「男と女がわかり合うには情交を結ぶのが手っ取り早いと言いたいのでしょうけど、残念だけどあなたは子供、そして私は生娘、つまり今回での情交は事実上不可能。次善の策をとるしかないのよ」
「えぇ……」
やっぱり分かってないタイプっぽい人だ。
というか、彼女と決闘する理由がどこにもない。
ここはうまくやり過ごして、帰ってもらうか、話があればその話を聞くしか――。
「さあ、わたくしと戦いなさい。それであなたが、我がキスタドールが盟を結ぶのにふさわしい相手かどうかを見極めてやるわ」
「!! 盟を……結ぶ」
つまり、同盟をって事か。
それなら、やらないわけにはいかないな。
ジャミール、パルタ、そしてキスタドール。
隣接する三つの国とは、未だに何も結べていない。
ジャミールはスカーレットの輿入れが決まっているが、それはまだ正式な物じゃなくて、いまはアイジーの一件でどう転ぶのかはわからない。
パルタもフローラを送り込んできたが、いきさつを考えれば微妙なままだ。
そこで降って湧いた、キスタドールとの同盟の話。
俺はシーラを見た。
訳の分からない姫様だが……嫌いではない。
何となくだけど、悪人ではないような、そんな気がする。
「分かった、やろう」
「オーホッホホホホ! そう来なくては」
「ここでいいのか?」
「ええ、遠慮無く行きますわよ」
「ああ――」
頷いた瞬間、シーラが消えた!!
完全に油断していた、彼女が消えた瞬間、慌ててアブソリュート・シールドをはった。
マジックを11枚、フォースを12枚――合計23枚はった。
ががががが――。
連続した衝撃音が背後から聞こえてきて、衝撃波と共に物理のシールドが10枚消し飛んだ。
「やりますわね!」
声は後ろ――からじゃなく、左から聞こえてきた。
ぱっと振り向くも、シーラの残像しか捉えられなかった。
とっさの判断でフォース・シールドを追加。
ガガガガガ――と、またシールドが消し飛んだ。
背後――つまり最初の右方向だ。
「対物障壁ね、ならばこれはどうかしら」
ボボボボボボーン!
何かがはじけ飛ぶ音とともに、熱が全身を襲った。
「対魔障壁もあるのね、ならばこれは?」
相変わらず姿が見えなくて、声だけが聞こえてくる状態。
ここでようやく、彼女がものすごい速い速度で移動している事を理解した――のだが。
『よけろ!』
珍しくラードーンの警告。
俺は考えるよりも早く、テレポートを使って、短距離移動で立っている場所を離れた。
地面が爆発して、えぐれた。
土煙が晴れたそこには、赤い剣を振り下した格好で地面に叩きつけたシーラの姿が見えた。
刀身が赤いだけじゃなく、爆発でえぐれた地面の縁が溶けてただれている。
「あれは……」
『魔法剣だ。純粋な魔法でもなく、物理でもない』
「だからよけろっていったのか」
おそらく両アブソリュート・シールドで対処できないタイプの攻撃なんだろう。
「オーホッホホホホ! リアム・ハミルトン、敗れたり!」
「……」
「トドメ、行きますわ」
そういった瞬間、シーラがまた消えた。
俺は目を閉じた。
「観念なさったのかしら!」
「……」
そして、右手を突き出す。
「むっ!」
攻撃は来なかった。
逆に、気配が遠ざかっていった。
「まさか……いえ、これでどうかしら!」
更にシーラが襲ってきた。
今度は左手を左後ろに突き出した。
「!!」
シーラが息を飲んで、そのまま飛び下がった気配が伝わってきた。
「わたくしの速度について来ている?」
「いや、こういうことだ」
シーラは敵じゃない。
これは殺し合いじゃなくて、互いをわかり合うための戦い。
だから、俺は種明かしした。
次の瞬間、まわりに薄紫の霧が立ちこめた。
「これは……」
「魔力の霧。これに入ってくるとわかる」
とっさにやった事だけど、上手くいった。
シーラの超速移動は、俺の限界を超えている。
だから、俺は魔力を放出して、霧のように充満している魔力に、何かが入ってくると分かるようにした。
更に、分かっても速度について行けないから、魔力と肉体を連携させて、欠けた部分に手が吸い寄せられる様にした。
これは簡単な仕組みだ。
水溜から水を抜こうとすれば、残った水がそこに殺到するのと同じことだ。
身体能力だけじゃ無理だけど、魔力を伴ったやり方なら出来る。
魔力の操作と扱いは、ラードーンの特訓で身についた。
「ふふ、面白い、面白いわあなた」
シーラは言葉通りに、楽しげに笑った。
そして、剣を納めた。
「もう、良いのか?」
「あなたの力はもう分かりましてよ。その魔力、そして使い方。キスタドールにいれば首席宮廷魔術師には取り立ててあげられますわ」
なんかものすごく褒められた。
「落ち着いて話をしたいのだけど、いいかしら」
そう聞いてくるシーラ。
その提案にはまったく異論は無かった。