76.50%の青銅
「銅貨もみてくれるかしら」
ジョディがいうと、一旦外にでて、荷馬車に積んでいる箱をギルドに持ち込んできた。
リアム銀貨を既に見ている者達は、どんな銅貨が出てくるのかを固唾をのんで見守った。
ジョディはギルドマスターの前に箱を置いて、ふたを開ける。
箱びっしりに詰め込んだ銅貨、ギルドマスターはそれを手にとって鑑定する。
手に持って重量を量ったり、匂いを嗅いだり、ノックのような事をして、耳元で音を聞いたり。
そして、最後にマジマジと見つめて。
「こ、この色合い……この銅貨、銅の含有量は?」
と、おそるおそる聞く。
すると、またまたアスナが得意げに言い放つ。
「5割だよ。他はスズと鉛とかだね」
「ご、5割だって!? それでこのくっきりさ!?」
ギルドマスターも、その場に居合わせた商人達も。
全員が、さっき以上にざわついたのだった。
時は、少しさかのぼる……。
☆
スカーレットは片手に鉄の薔薇を持ったまま、もう片手には俺が今し方試しに作った、俺の横顔を描いた銀貨を持って、マジマジと見つめていた。
「さすがでございます。絵柄も、銀の純度も申し分ありません。これなら主の技術力のよきアピールとなりましょう」
「そうか」
銀貨を俺に返して――鉄の薔薇は返さないスカーレットが更に続けた。
「次は銅貨です。銀貨と違って、銅貨は純銅を使う事はありません。ほとんどが銅の合金の――青銅を使います」
「ふむ、何でだ?」
「青銅は、銅とスズを混ぜた物を言います。スズが少ないと柔らかくて鋳造しやすいですが、多いと硬くなって、鋳造しにくい」
「なら、スズを少なくすれば良いんじゃないか。なんでわざわざ混ぜる」
「古来より、銅貨にはある問題が存在します。銅貨を溶かしたただの銅にしたときの価値が、大抵銅貨の額面価値より高いのです。なので、価値の低いスズを混ぜます」
「多く混ぜると、溶かしても割りに合わなくなるって訳だな」
スカーレットは頷く。
「なるほど。むかし銅貨をどうこうしたヤツがつかまって、さらし首にされたのを見た事はあるけど、そういうからくりがあったんだな」
「はい。銅貨も国が発行します。国が金をかけて発行した銅貨を、溶かされた上にそれだけで儲けになるのは許しがたいことです。国の威信にも関わります。ほぼ例外なく、どの国でも貨幣の破壊・溶融は極刑です」
「ふむ。だったら、スズ……とか、他の安い金属を大量に混ぜればいいんじゃないのか? 鉛とか」
とにかく安い金属、ということで俺はまず鉛を思い出した。
「おっしゃる通りですが、そこにはもうひとつの問題点が生じてしまいます」
「なんだ?」
「スズの含有量が多くなると、硬くなって、鋳造しにくくなります。厳密にはくっきりとした絵柄になりにくいです」
「ああ」
なるほど、銀貨と同じ話に繋がる訳だな。
「一枚二枚というレベルなら丁寧に作ればどうとでもなりましょうが、貨幣というのは――」
「大量に発行する物だからなぁ」
「はい。スズを増やすと、銅貨の金属としての純価値を下げられますが、模様の不鮮明さで信用も下がってしまいます。かといってスズを減らして銅の比率を上げてしまうと――」
「今度は価値が上がりすぎて、危険を冒してでも暴利を狙うヤツが出てくる、と」
「はい。ですので、ジャミールでは銅の比率を65%程度としています。この割合が、模様の鮮明さと、価値のバランスが一番釣り合いが取れてます」
「ふむ」
「主の技術力ならば、65%をちゃんと混ぜるのは造作も無い事でしょう。魔導戦鎧で金属はおろか、精霊や魔力さえも混入させてしまいましたから」
「そうだな」
「そして、その割合でジャミール銅貨より鮮明な模様の銅貨を作れるでしょう。それでまた、主の技術力をアピール出来ることでしょう」
「なるほど」
俺は頷いた。
おそらく、ジャミール銅貨の割合は国家機密だろう。
使ってる人間で貨幣に詳しい人間――例えば両替商なら推測も出来るだろうが、65%という数字は機密になるだろう。
それを教えてくれたスカーレットは、「それでやって見せて欲しい」という期待の眼差しで俺を見つめていた。
「こちらにジャミール銅貨も用意しました、比較用に――」
「ああ、それは使わない」
「え?」
驚くスカーレット、「なぜ?」って顔で俺を見つめる。
「65%で作らない」
「な、何故でしょう」
「もっと良い方法があるからだ」
俺はにやりと笑って、銀貨の時と同じように、アイテムボックス、ノーム、サラマンダーの順で魔法を使って、銅貨を作っていく。
まったく同じ手順で、使う金属だけを変えて。
できた銅貨は白銀色をしていた。
「えええ!?」
それを見た瞬間、スカーレットは更に驚いた。
「どうした」
「この白銀色……す、スズの比率は?」
おそるおそる聞くスカーレット。
「ああ、比率で色が変わるのか」
「はい、ジャミール銅貨は赤みがつよい色合いになります。白銀色は……ま、まさか50%?」
「そうだ」
俺はふっ、と笑った。
説明する前に色合いで気づいたスカーレットはさすがだと思ったが、当の本人はそれどころじゃないみたいだ。
「50%で……この鮮明さ……これも、全てこの感じで量産が……?」
「ああ」
迷いなく頷くと、スカーレットは盛大に感動した様子で俺を見つめた。
「さすが主。50%でこの鮮明さでの量産が出来るのは、おそらく世界中で主だけです」
スカーレットは、技術力のアピールになると、太鼓判を押してくれた。




