75.高い技術力
「本当に……呪いがなくなった……?」
フローラは自分の手を見つめ、未だに信じられない、って顔をしている。
「安心しろ、もう大丈夫だ。ちなみに聞くが、それってどんな呪いなんだ?」
「えっと……私に見せられたのは、近くにいた魔物の姿になるものでした」
「近くにいた魔物の姿に?」
「はい。それで、元々の魔物は、その人間がなってしまった魔物の命令に従ってました」
『グールリキッドを持ち出してきたか』
「知ってるのかラードーン」
速攻で聞き返す。
ラードーンの事を知らないフローラがビクッとした。
そのフローラにスカーレットが説明をする傍らで、俺はラードーンの言葉に耳を傾ける。
『一種の呪詛アイテムだ。効果は今その娘が話したとおり』
「そんな物があったのか」
『何かを思い出さぬか』
「なにかって、何が?」
『……』
ラードーンは答えなかった。
こういう反応をするって事は、今までと同じように、答えが俺のなかにあるパターンだ。
だから俺は考えた。
フローラが話した、「近くにいた魔物の姿になる」「魔物がそいつの命令に従う」というキーワードで、記憶の中からそれらしき物を探す。
「……ドラキュラ」
ぼつり、とつぶやいた。
『ふっ』
ラードーンは笑った。
この感じ……正解って事か。
「つまり、ドラキュラの一件もパルタ公国が絡んでるってことか?」
『確証はない。ジャミールやキスタドールとやらも使っているかもしれんしな』
「……みんなここ大好きなんだな」
俺はふう、と息を吐いて、苦笑いした。
「あ、あの……」
「ん?」
「私は、これから……」
フローラがおずおずと聞いてきた。
俺は少し考えて。
「国に誰かを人質にとられてたりする?」
「え? 人質ですか?」
「うん、そういうのもやってきそうだから」
「それは大丈夫ですけど……」
「なら、うちに来い。二度とパルタ公国の連中に手出しされないように、俺が守るから」
「えっ……あ……はい…………」
最初は驚き、次第に頬を染めて、うつむきかげんで小さく頷くフローラ。
彼女を、このまま引き取る事にした。
☆
夜、アナザーワールドの自宅の中。
またちょっと広くなったアナザーワールドに、スカーレットがたずねてきた。
家のリビングで向き合うと、彼女はおもむろに切り出してきた。
「大変失礼な言い方になってしまいますが……主は舐められてます」
「舐められてる? パルタにか?」
「まわりの三カ国全てにです」
「なるほど、まあ、そうだろうな」
俺はふっ、と笑った。
舐められてるってのはちょっと悲しい話だが、ここ最近の出来事を見ているとそんな感じはする。
「ここは一つ、御力を顕揚すべきだと考えます」
「けんよう」
『アピールするという意味だ』
今ひとつ理解できないでいると、ラードーンがそっと教えてくれた。
「俺の力をということか?」
「はい。出来ればこの国の力も、同時に周りに見せつけられれば一番です」
「そりゃそうだな。で、何をすればいい? ケンカを売りに行けばいいのか?」
「いいえ、逆です。むしろけんかっ早いガイやクリスに、隣国の人間と無為に戦わない様に命じるべきです」
「なるほど、わかった、後で言っておく」
頷く俺、更に聞く。
「ケンカじゃないんなら、どうすれば良いんだ?」
「まずは、貨幣を発行するべきだと思います」
「貨幣って、金をか?」
「はい……主に以前見せていただいた鋳造の薔薇――あれはお手元にございますか?」
「ないけど――ちょっと待って」
俺は魔法を複数、同時に使った。
アイテムボックスを使って、大量にストックしていた鉄の延べ棒を取り出す。
ノームを呼び出して、型を作らせる。
サラマンダーを召喚して、鉄の延べ棒を溶かして型に流し込む。
一瞬のうちに、あの鉄の薔薇を作り出した。
「これでいいのか?」
「はい、さすが主でございます。この瞬間に新しいものを、このレベルの精巧さで作りあげるなんて……ますます貨幣を発行するべきだと確信しました」
「どういう事だ? わかりやすく説明してくれ」
「はい」
スカーレットは頷き、手をすぅーと差し出して、テーブルの上にじゃらん、と数枚の銀貨をおいた。
全てが見覚えのある、ジャミール銀貨だ。
「これがどうしたんだ?」
「ここには三種類の銀貨があります」
「なに?」
俺は驚いて、銀貨を改めて見つめた。
「……ああ、なんかすっごい模様がくっきりしてるのと、ぼやけてるのがあるな」
「ご名答でございます」
スカーレットはそう言って、まず一番絵がくっきりしている銀貨をとった。
「こちらは王宮から拝借してきました、オリジナルのジャミール銀貨です」
「オリジナル?」
「これをつかって、大量に型を作ります。量産するための型が――これです」
そういって、別の銀貨を手に取る。
「ああ、ちょっとだけぼやけてるな」
「はい、そしてこの型をベースに、各地の鉱山で再鋳造したのが、この一般的に流通するジャミール銀貨です」
「なるほど、これが一番ぼやけてるな」
「複製をするたびにどんどん模様がぼやけていきます。子供が遊ぶ芋ハン、判をついていくとドンドンぼやける――あれと同じことです」
「なるほどな」
「銀貨の銀含量はもちろん、模様の鮮明度は技術力のあかし、国力の象徴でもあります」
「……ああ」
俺はようやく、話を掴めてきた。
さっき作った鉄の薔薇はそういうことか。
「つまり、俺が流通レベルに使う物でも、全部オリジナルレベルのくっきりな感じに作ればいいんだな」
「おっしゃる通りでございます。主がおっしゃるケンカ――戦争をしかけるよりもよっぽど、大義名分があって、強烈に力を訴えかける事ができます」
「よし、やろう」
そういうことなら、断る理由はない。
☆
数日後、ジャミール王国領、ミストルという街。
その街の両替ギルドに、アスナとジョディの二人がやってきた。
両替は一般人はほとんど利用しない、立ち入るのは様々な商人たちばかりだ。
故に、両替ギルドは街で一番豪華な建物になっている場合がある。
そこへアスナとジョディは、カートに積んだ、数箱の銀貨を持ち込んだ。
ぎっしりとつまった数箱の銀貨。
それをみたギルドマスターが、自ら二人に応対した――のだが。
「これは……どこの貨幣でしょう」
はじめて見る、リアムの横顔が描かれた貨幣をみて、眉をひそめる初老のギルドマスター。
「リアム王国って知ってる?」
「封印の地に出来たばかりの国です」
「……本物ですか? これ」
ギルドマスターの表情が変わった、周りもざわざわした。
封印の地に魔物の国が出来たことは、情報命の商人達ならみな掴んでいる情報だ。
「そのうち出回るけど、その前にどんなレートで両替してくれるのかを見てもらおうって思ってさ」
「……これは」
銀貨をマジマジと見つめるギルドマスター。
一枚とって、また一枚とる。
別の箱からも一枚とって、全部の箱の銀貨を見比べていく。
「これは……流通用なのですか?」
「うん」
「全部、このクオリティになるわよ」
「信じられない……こんなの、銀含有量も模様の鮮明度も、すべてジャミール銀貨を上回っている……」
「でしょう。ふふん、リアムはすごいんだから」
アスナはまるで子供の様に、自分の事のように得意げになった。
「どうかしら」
一方で、ここに来た目的を遂行するために、ギルドマスターに答えを要求するジョディ。
「……1対3」
しばらく考えたあと、ギルドマスターはそういった。
「すべてがこのクオリティであれば、ジャミール銀貨の三倍の価値になるだろう」
「「「おおお……」」」
技術力を高く評価した鑑定結果に、その場にいる商人達が一斉に感嘆する声をあげたのだった。