73.超反応
「……」
俺はその場に留まって、ゆっくりと魔力を放出していた。
地下空間で封印を解くためにやっていたのと同じこと。
魔法として魔力を使うのではなく、ただただ、魔力を放出した。
『何をしている』
「体を――いや、鼻をならしてる、っていった方が感覚的には近いのかな」
『鼻をならす?』
「魔力のありなしを感じとるためのトレーニングだよ」
『ふむ。二種類の障壁を瞬時に使い分けるためだな?』
ラードーンは一瞬で理解した。
そう、二種類の障壁を使い分けるためにだ。
アブソリュート・フォース・シールド、そしてアブソリュート・マジック・シールド。
それぞれ、物理と魔法を完全に防いでしまう障壁魔法。
完全に防いでしまえる代わりに、対応してない方には完全に素通ししてしまう。
それを効果的に使うには、瞬時に相手の攻撃が魔法攻撃か物理攻撃かを見極める必要がある。
俺は魔力を自分で放出して、魔力を感じ取るトレーニングをした。
『常に二種類はっていればいいのではないか』
「九九ってのを教わった」
『ふむ?』
いきなりなんだ? って雰囲気を出しながらも、余計なツッコミはしないで先を促して答えを待つラードーン。
「さらに聞くところによると、商人の子供は独自の教育で99かける99まで覚えさせるらしい。くくくく――ってなるのかな。理由は金勘定のためにあった方がいいから」
『それで?』
「九九が分かってなきゃ、例えば2かける5は2たす2たす2たす2たす2――で10だ。それがラードーン、お前が今言ったような、常に両方はっとけばいいってことだ。出来なくは無いが、余計な労力がいる」
『うむ、たしかに一瞬で見極められるようになった方が効率的ではある』
「そういうことだ」
憧れの魔法の事に関しては妥協はあまりしたくない。
俺はしばらくそれをやって、「動く物」が魔力を帯びているかどうかが分かるまで続けた。
☆
「あっ! リアム!」
テレポートで街に戻ってくると、ますます建造の勢いがます街中で、アスナが俺に向かって駆けよってきた。
「どうした、なんか焦ってるみたいだけど」
「ガイがリアムを探してる、出来たらすぐにきてくれって」
「ガイが? 分かった。場所は」
「ポイント17」
「わかった」
俺は頷き、頭の中からポイント17となる場所を思い出す。
モンスターがふえたことで、街の規模が大きくなったのはもちろんだが、約束の地の中での行動範囲も同じように広まった。
そこで、俺に何かをしてほしい、俺が出張らないといけない時は、いくつかの前もって決めておいたポイントで待つ事にしている。
そのポイントは俺がいったことのある場所、つまりテレポートで飛べる。
ポイント17の場所を思いだした俺は、テレポートでそこに飛んだ。
飛んだ先は広い草原、これからの舗装を待つ、パルタ公国につづく街道を整備していく予定の場所だ。
そこにガイ達ギガースと、立派な馬車を中心にした大名行列があった。
馬車のそばを武装した兵士が守っていて、それがギガース達と向き合って――睨み合っている。
「ガイ」
「主! 待ってたでござるよ!」
呼ばれて、俺に気づいたガイはこっちに走ってきた。
同時に、向こう側の人たちがざわつく。
ガイが「主」って呼んだのを聞いての反応だ。
「どうしたんだ?」
「パルタ公国の使者、と名乗っているでござる」
「使者」
「大事な用があって、主に謁見を申し込んで来てるでござる」
「えっけん」
聞き慣れない言葉に、俺はそれの意味を理解するまで十秒近くかかってしまった。
「あー……うん、そっか」
一応ここの王って事になってる俺に会いたい、ってことか。
「わかった。向こうの責任者は?」
「馬車のそばにいる男でござる」
ガイにそう言われて、馬車の方を見た。
それらしき男と目があった。
すると、その男はこっちに向かってきた。
おれの前で頭を下げて、深々と一礼する。
「ご尊顔を拝し、光栄至極に存じます。わたくし、エクス・ブラストともうします」
「えっと、リアムだ」
下のハミルトンは名乗らない方がいいと思って、上だけにしておいた。
「エクスさんは、俺に会って何の用なんだ?」
「我が主、大公陛下の命を受けて参りました」
「はあ……」
「大公陛下の望みは一つ、フローラ様とリアム陛下との婚姻でございます」
「……婚姻?」
「さようでございます。ところで、ジャミールのスカーレット王女との婚礼は既に?」
「え? ああ、いや……」
俺は少し迷って、ごまかしながら答える。
「いろいろ事情があって、もう少し先になる」
「さようでございますか。我が公国、大公陛下は後払いのようなケチな事は致しません」
「へ?」
エクスはすぅ、と手をあげた。
兵士の一人が馬車に近づき、中に向かって何かをささやいた。
直後、垂れ幕が上がって――一人の姫が馬車から降りた。
一目で分かる、上質なドレスを纏ういかにもお姫様って感じの少女。
「リアム陛下が望めば、今この場でフローラ様を」
「引き渡すってのか?」
エクスは深く頷いた。
そんな事って……あるのか?
先払いとか後払いとか、そういう問題なのか?
というか、結婚ってそんな感じでやるものなのか
貴族の考えることはよく分からない。
分からない――から。
「とりあえずえっと……街の方に来てくれ。ここじゃゆっくり話もできない」
「おお、受け入れてくださるのですね」
「いやえっと……」
「ありがとうございます。大公陛下もお慶びになるでしょう」
「えっと……」
いきなりの事に俺が戸惑っていると、話が更に速度をあげてものすごい急展開になった。
「と、とにかく。まずは街に――」
ぞわっ――。
ものすごい悪寒が、背筋を一気に駆け上っていった。
何事だ――って熟考する暇もなく体が動いた。
「アブソリュート・マジック・シールド!」
魔力を感じた。
その魔力の方向にむかって、絶対防御の魔法障壁をはった。
直前に見たのは、フローラ王女のそばに現われた、一体のモンスター。
火の玉の様なモンスターは、空中に浮遊していたが、魔力が一気に高まって――そのまま爆発した。
魔力を伴った爆風が巻き起こった直後。
爆心地を中心に巨大なクレーターができあがっていた。
そしてそのクレーターの中に、へたり込んで呆然となっているフローラ公女と、吹っ飛ばされて倒れて気絶する兵士達がいた。
「なんだ、今のは」
『スサイドエレメント』
「え?」
『術式で起爆する人造モンスター。お前の反応が少しでも遅れていたら、今頃あの少女は肉片に変わっていたな』
ラードーンは、俺を褒める様な語気で言った。
いや、そんな事よりも。
「誰がそんな事を!?」
『ふふ……だれだろうな。この場にいない誰かなのかもしれんな』
ラードーンがいつも通り遠回しにいう。
すると、俺は気づく。
フローラ公女と兵士達はいきなりの事でまだぽかーんとしていたが。
エクスの姿が、どこにも見当たらなかったのである。




