69.最強の王
大陸、某所。
貴族の屋敷らしき部屋の中で、男が二人、ローテーブルを挟んで向き合って座っている。
片方は初老にさしかかった男、ロマンスグレーをオールバックにした髪型、深く刻まれた皺に彩られた落ち着いた瞳は、持ち主の思慮の深さをよく表している。
もう片方は対照的に若く、活動的で、感情が先行するタイプの男だ。
その二人の間のテーブルの上に、手の平サイズの人形が置かれていて、それが腰から折れていた。
「すみません、まさかドラキュラが一人の人間にしてやられるなんて……」
若い男が恐縮しきった様子で許しを乞う。
「気に病むことは無い」
「しかし、ダールトン様のご計画、ドラキュラをけしかけて、モンスターどもを暴れさせて出兵の大義名分を得るこの企画が頓挫したのは……」
「それはもういい。問題は、それを倒した男だ」
「リアム・ハミルトン……」
「トドメはわからないのだな?」
「はい……何をどうやったのか、皆目さっぱりで……途中の戦闘に関してはダールトン様に見ていただいたそれがありますが……」
二人の視線は、ローテーブルの上に置かれているもうひとつのもの、台に載せられた水晶玉に向けられた。
水晶玉の中では、リアムとドラキュラの戦闘がうつし出されている。
「これはまずい」
「え?」
「17連の同時魔法、それに竜の力、さらには自動で装着されるあの鎧」
画面内に映し出される、監視役が持ち帰った映像を見て、ダールトンは眉をひそめた。
「あれは一種の……人の皮をかぶった化け物だ」
「そ、そんな!」
「個人の武力としては、大陸最強級だろう」
「――っ!」
「状況が変わった。情報が欲しい。しばらく監視を続けさせよ。あの土地を手に入れるのはそれからだ」
「は、はい!」
若い男が慌てて部屋から飛び出して、ダールトン一人が残った。
残ったダールトンは、水晶玉に映し出されるリアムをじっと見つめながら。
「時代の変わり目に必ず現われる化け物……果たしてそれは英雄か、それとも魔王か……」
ダールトンは、憂いや恐れを帯びた瞳で、リアムの姿をじっと見つめ続けた。
☆
「ふぅ……しんどかった」
俺は街の中心で、両手を後ろにつき地べたに足を投げ出して、だらっとしていた。
ついさっきまで、みんなの名前をつけていた。
バンパイアと違って、指定進化の必要が無いから、ファミリアの魔法で契約をしつつ、名前をつけていた。
――ざっと、一万のモンスターたちに。
最初は普通につけていた。
種族ごとのリーダーも、パッと見た感じのイメージですんなりとつけられた。
しかしそれが徐々にキツくなる、名前がネタ切れになってくる。
しまいにはスライム一号、スライム二号――って感じでつけようかという、悪魔のささやきが頭をよぎったほどだ。
さすがにそれはかわいそうなので、後半は――例えばリアムから始まったとして、リアムル、リアムラ、リアムガ……って感じでつけていった。
そうやって、丸一日かけて名付けを終わらせて、今、ぐったりしている。
「りあむさまりあむさま」
「これみて、これみて」
「ん?」
たどたどしい、舌っ足らずな口調に呼ばれて振り向く。
そこに、二体のスライムがいた。
厳密には、名前をつけてファミリアでスライムから進化したスライム・ドスだ。
ただのゼリーみたいな軟体動物だったスライムが、目と口が出来て、舌っ足らずながらもしゃべられるようになった。
「どうした、スラルン、スラポン」
「りあむさまにあげる」
「あげる」
二人のスライムは、まるで「ぺっ」って感じで、体の中から何か吐き出してきた。
何事かと思って吐き出したものをキャッチ。
それは、木製の俺の人形だった。
木彫りの人形にありがちなカクカクしたエッジはなくて、ものすごく滑らかな感じの人形だ。
……なるほど、スライムの体の中で「溶かして」作ったから、木彫りとちがって滑らかなのか。
にしても……結構似てる。
特産品になるくらい素晴らしい出来映えだ。
「ありがとうな」
「りあむさまだいしゅき」
「しゅきしゅき」
スラルンとスラポンは俺に懐いてきた。
まるで子犬の様な懐き方で、ちょっとほっこりして、癒やされた。
俺はスライム達に癒やされながら、まわりを眺めた。
俺は休んでいるが、まわりがせわしなく動き回っている。
ファミリアで一気に一万人と契約した。
それらが住むために、村を――街に拡大している。
種族としては一番数が多く、手先の器用なエルフ。
そのリーダーのレイナに建設系の事は一任して、完全に任せることにした。
それ以外はガイらギガースに約束の地の警戒・巡邏を、狩りが天職であるクリスら人狼に食糧の確保を。
それぞれ、担当を決めて仕事を投げた。
それが、見た感じ上手く回っている。
仮としての、建物の骨組みがどんどん増えていって、街の拡大がはっきりと目に見えて分かるようになってきた。
「主よ」
「ん? ガイか、どうしたんだ?」
やってきたガイに、俺は座ったまま、スライム達と戯れながら見上げる。
「人間が主に面会を求めているでござる、いかがいたそう」
「人間が?」
「はっ、主の命令通り巡回をしていたら遭遇した。この国の王にお目通りをと申し出てきた。会われますか。キスタドールの商人と名乗っているでござる」
「商人か……会った方がいいな」
俺はそう思い、立ち上がった。
「ん?」
「どうしたでござる?」
ガイが首をかしげてきた。
「この国の王って?」
「さよう、そう言っていたでござる」
「いやそうじゃなくて。それを聞いて俺に持ってきたのか?」
「はい」
「俺、王じゃないぞ」
「何をいっているでござるか。主は我らの主、ここの王でござる」
「えっと、いつの間にそうなったんだ?」
その話は後回しにしたつもりなんだけど……。
「皆に聞くでござる!」
ガイはものすごい大声をだした。
瞬間、活気で賑わっていたまわりがシーンと静まりかえって、こっちを注目した。
「それがしは、この国の王はリアム様だと思っているでござる。異論のあるものはいるでござるか?」
ガイがいうと、歓声があがった。
「ないぞ!」
「当たり前だよね」
「なんでそんな事をわざわざ聞いてるんだ?」
様々なモンスターから返ってきた返事は、賛成一色のものだった。
「りあむさま、おうさま」
「おうさまつよい、おうさまかっこいい」
スラルンとスラポンも、変わらない調子でそんな風にいった。
『ふふっ……よかろう』
「へ? よかろうって何が?」
聞き返したのもつかの間、ラードーンは俺の体に入ってから初めて外に出た。
半透明――よりはちょっと実体より。
75%実体くらいの感じで、巨大な竜の姿で顕現した。
そして。
『われ、黄金竜ラードーンの名において宣言する』
ラードーンの言葉に、一瞬静まりかえったが。
『リアム・ハミルトンをこの土地の、この国の王として認める』
反動をつけて、より大きな歓声になって盛り上がったのだった。