67.浄化の光
「ふぅ……」
俺はその場に深く座り込んだ。
ただ待っていた、といえばそうなのかも知れないが、ドラキュラが何らかの形でダストボックスを突破して出てくる可能性も充分に考えられた。
だから、十時間もの間、俺はずっと気を張り詰めっぱなしだった。
ドラキュラが消滅したと確信して、ようやく力を抜くことが出来た。
『一つの魔法でよく片付いた』
「そういう時もあるさ。一つで解決できるんなら一つでいい。ファイヤボールを百個撃つよりも、イラプションか、ヘルファイヤみたいな広範囲魔法を一回撃つだけでいいときもある」
『ふっ……』
「なに?」
『なまじ同時魔法の才があるとそれに頼りっきりになるのが人間というものだが、お前は違うようだな』
ラードーンから、感心しているような感じが伝わってきた。
「ふう……夜……に、なってるな……」
ラードーンとの雑談で、昂ぶった神経が徐々に落ち着いてきて、ようやく森の中が完全に真っ暗になって、木々の間から月がちょっと見えてる、夜になってることに気づいた。
そりゃそうだ、十時間も時間が経過すれば夜になる。
……さて、もどるか。
俺は立ち上がって、ズボンの尻についた土を払った。
こっちはカタがついた、向こうはどうだろう。
俺はテレポートした。
まずは村に飛んだ。
「あっ! お帰りなさい」
村の中心地に飛んだ俺、すぐさまジェイクが駆け寄ってきた。
「お疲れ。みんなは?」
「戻ってないです」
「そうか、わかった」
頷きつつ、俺は少しほっとした。
ドラキュラを俺が隔離するという戦術はレイナ達には話していないが、何かがあれば村に戻る、あるいは村のみんなをつれて避難するようには言っておいた。
何があっても、誰か一人は抜け出して村を――という風に命令した。
バンパイア達との戦いはちょっとだけ見ていた。
ドラキュラさえいなければ、一人残らず全滅することはない。
そう思い、俺は戦場になっているあの荒れ地に再びテレポートで飛んだ。
「リアム!」
「リアムくん」
飛んだ先に、アスナとジョディがいた。
いくつかかがり火が焚かれているそこで、二人は俺に駆け寄ってきた。
「大丈夫だったのリアム」
「ドラキュラを倒したのね」
一応疑問形ではあるが、ジョディの語気はどちらかといえば確信していて、それを確認するような聞き方だった。
「ああ……こちらでなんかあったのか?」
「ええ、ちょっと前からあんな調子なのよ」
ジョディはそう言って、俺の背後をさした。
振り向いてみると、少し離れたところで、レイナ・クリス・ガイの三人がいた。
三人は体の至る所に激戦の跡がみえるが、大きな怪我はしていないようだ。
そして、その三人の向こうで。
立ったり倒れたり座り込んでへたったり。
様々な格好で呆然としているバンパイア達がいた。
「急に、バタッと動かなくなったの」
「ほらリアム、これ見て」
アスナはそういって、倒れているバンパイア――オークの姿のバンパイアを一人引っ張ってきた。
そいつの口を開かせて、鋭い牙にかるく触れると――牙がぼろっと取れた。
「全然力入れてないのにこれだよ」
「自然と取れたのもいるわ。だから、元締めのドラキュラを倒したんだわ、とおもったの」
「そうか。ってことは――支配から抜け出せたのかな」
「そう思う。夜だから分かりにくいけど、びみょーに顔色もよくなってるし」
「なるほど」
それは良いことだ。
ドラキュラに支配されていた一万人の「約束の地」の先住民。
それらをどう元に戻すのか、というのが懸案の一つだ。
ドラキュラがいなくなれば元に戻る――というのであれば言うことはない。
「後始末は残ってるけど、これでひとまず一件落着――」
――とは、行かなかった。
「うっ……」
「うぅ……」
「あぁぁぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
あっちこっちからうめき声が上がった。
俺ではない、俺の仲間達でもない。
直前まで、ドラキュラに支配されていた者達のうめき声だ。
背中がゾクッとするような、この世の者とは思えない気味の悪いうめき声。
「な、なに。何が起きてるの?」
「リアムくん!?」
ジョディが珍しく切羽詰まった声で俺の名を呼んだ。
彼女の方を振り向き、視線を追っていくと、小鬼――ゴブリンが顔をかきむしって――消えかかっていた!
頭のてっぺんから徐々に薄くなって、光の霧になって空に昇っていく。
「なんだこれは」
『ドラキュラの魔力だ』
「知ってるのかラードーン!?」
『その魔力が肉体を支配する。しかし魔力の大本が消滅した』
「――全員あとを追って消滅するって事か」
ラードーンは直接答えなかった、が暗にそうだと認めている口ぶりだ。
「くっ、なんとかならないのか!」
俺は頭をフル回転させた。
パッとひらめいて、一番近くにいるゴブリンにオールクリアをかけた。
あらゆる状態異常を消し去るオールクリア。
ギガースが噛まれたときも、それで助けた。
それは効いた。
体が薄まって、「命の光」が流れ出ていたのが、代わりにドス黒い魔力が抜けていく。
これでいける!
俺はパッと走り出して、
「アメリア・エミリア・クラウディア」
詠唱と共に、最大の数でオールクリアをかけまくった。
「くうっ、足りない!」
詠唱を加えても全然足りなかった。
「ガーディアン・ラードーン!」
アイテムボックスからガーディアン・ラードーンを呼び出して、魔導戦鎧として身につけた。
同時魔法数が一気に倍になった。
それでオールクリアフル稼働――
「くっ!」
それでも足りない、次々とオールクリアで助けていくが、それを上回るペースで、バンパイアにされた者達が「消滅」してく。
「くっ……うおぉぉぉぉ!」
『落ち着け』
「落ち着いていられるか――」
『さっきの話を思い出せ』
「――え?」
さっきの話……?
「――っ!」
ハッとした。
一つ深呼吸する。
消えかかっている者達を見つめる。
まだ九千は確実にあろうかという大群を。
そして、イメージする。
ガーディアン・ラードーンの魔導戦鎧で魔力を高めて、一気に魔力を練り上げる。
単体のオールクリア、それに類する範囲魔法を。
パァン!
頭の中で聞こえる、何かが弾ける音。
次の瞬間、俺の体を中心に、神聖魔法の光が放射状に広がっていく。
その光に包まれたバンパイアは――命の光をせき止め、黒い魔力を押し出した。
「や、った……」
立っていられないほど大量の――全魔力を使い果たしたが。
俺は、成功を確信したのだった。