65.頭を切り離す
人狼達は、「約束の地」の各地に散っている、様々な種族の部落に走った。
バンパイアの上位種であるドラキュラが現われた、今すぐ避難して戦わないようにするべし。
そうやって、一斉に警告を発した――のだが。
☆
俺の目の前に一人の人狼が跪いていた。
男の人狼で、名前はジェイクだ。
オークらの集落に警告に走らせた彼は、戻ってきてがっくりしている。
村の中心で、俺と向き合うジェイク。
他の者達は遠巻きに俺達のやりとりを見守っている。
「ダメだったのか?」
「はい、話をまともに聞いてもらえませんでした。バンパイアみたいな、昼間に出歩けもしないもやしどもに負けるはずがない、って」
「……その自信、いやな予感がするな」
俺が苦虫をかみつぶしたような顔をしてると、ジェイクは更に苦い顔で頷いた。
「はい、俺がもっと説得しようとしたところに、バンパイアの一味が襲ってきました。オーク達は迎撃したんですが、数に押されて、全員が噛まれて吸血鬼化されました」
「……まいったな」
「それで……明らかに違うバンパイアがでてきたんです」
「なに?」
事態の急変――というにはもう終わっているが、それでも俺はちょっと動揺した。
「俺はオーク達が戦いだした時点で離れて見てたんですが、バンパイアどもは全員そいつに傅いてました。それで、そいつは倒されたバンパイア達に何か魔法のような事をすると、倒れたバンパイア達が全員復活してきました」
「そいつがドラキュラって訳か」
「はい、部下を復活する能力と、それから」
「それから?」
「そいつが現われてから、その近くにいるバンパイア達は明らかに強くなってました」
そういったジェイクは更に消沈して、がっくりうなだれながら。
「それ以上はまずいと、逃げてきました……すみません……」
「いやいい。その場にいて吸血鬼化させられたら大変だ。逃げて正解だ」
「しかし……」
「それに、今の情報は大きい」
「え?」
驚くジェイク。
そこに同じ人狼である、彼らのリーダーであるクリスが近づいてきた。
「だね! 部下を復活させられる力があるって分かったのはおっきいよ。ドラキュラ、そいつを真っ先に倒さないとだめって分かったのは大きい」
「あっ……そっか」
「いや、それだけじゃない」
「「えっ?」」
驚くクリスとジェイク。
ジェイクが持ち帰った情報で、俺は、バンパイア達と戦うビジョンが見えてきた。
☆
他の種族が忠告を聞かないとなると、速攻するしかなくなる。
時間がたてばたつほど、他の種族達が取り込まれていって、勢力がどんどん大きくなっていくからだ。
一万人もいて、やられても復活出来る、実質数が減らない軍団。
それと対抗出来る数と力は、「約束の地」の他の種族にはないとガイたちは断言した。
だから、このタイミングで止めるしかない。
レイナ、ガイ、クリス、そしてアスナにジョディの五人で、斥候の人狼がつかんだバンパイアの本隊が進行するルート上に待ち構えた。
豊かな土地である約束の地の中では、一見何もないが、しかし鉱石が多く埋まっている荒れ地。
他の土地と違って、ここは開けていて、余計なものがなくて、戦いやすかった。
やってきたバンパイア――吸血鬼の集団は、軽く一万という数を超えているのもそうだが、様々な見た目の者達が入り交じっていた。
ジェイクが見てきた豚頭のオーク達もいれば、緑色の肌をした人間達の半分くらいのサイズの小鬼――ゴブリン達もいる。
様々な種族がいるが、共通しているのは口に収まらない、はみ出している鋭い牙を持っていると言うことだ。
遭遇、即開戦となった。
五人はそれぞれの魔導戦鎧を纏っていた。
鉄の像を依り代に、中級精霊を憑依させた「真・魔導戦鎧」。
それを纏った五人は暴れ回った。
ガイは地面に拳を叩きつけて、「ガイアクラッシャー」を出した。
大地に走る巨大な亀裂が、一気に百人近いバンパイアを飲み込んだ。
それに、クリスとアスナのスピードコンビが乗り込んで、高低差のある地形に身軽さを活かして、次々と倒していく。
レイナは水と火の範囲魔法を使いこなして、まとめてバンパイアをなぎ倒していく。
それで討ち漏らしたのを、ジョディが細身のレイピアで、舞うような優雅な動きで一体ずつ仕留めていく。
五人対、一万人。
スタートの局地戦では、五人が無双をしてバンパイア達を圧倒した。
五人が圧倒しているが、遠くで見ててはっきりと分かる。
力を振るう度に、徐々に動きが鈍くなっていくのを。
当然だ、生き物である以上体力に限界がある。
「くっ、ここまでか。引け! 引くでござる!」
ガイの号令に従って、五人が一斉に引いた。
まだ余力を残した状態での撤退、わずかに追撃してきたバンパイアをなんなく倒して、五人は全力で撤退した。
その場に残ったのは、1000体近い死体と、まだまだ大軍と呼ぶにふさわしい一万越えのバンパイア。
そのバンパイアの中から、現われる一人の中年。
遠目でも分かる、優雅で気品にあふれる、美形の中年男だ。
そいつが現われた瞬間、バンパイアたちは一斉に跪いた。
そして――強くなる。
ジェイクの報告通り、遠目で見ていても分かる位、バンパイア達がそいつのおかげで強くなっている。
そいつは、死体の側でしゃがみ込んで、何かをした。
すると、死体はのっそりと起き上がる。
復活した。
やっぱり、こいつがバンパイアのボス、ドラキュラか。
それを確認・確信した瞬間、俺は動き出す。
上級神聖魔法、テレポート。
それを使って、五人が待ち構えていた場所――俺が一度立った場所、ドラキュラのそばに飛んだ。
そして、ドラキュラと一緒に、もう一度飛ぶ。
俺はドラキュラとともに、ラードーンが封印されていたあの森に飛んだ。
「これは……」
ドラキュラは渋い声でつぶやき、まわりを見る。
「眷属が一人もいない。どういう事だ」
そして、俺を睨む。
「お前を部下から引き離した。ここはあそこと100キロ離れている」
「貴様……」
静かな怒りで俺を睨むドラキュラ。
ドラキュラは近くのバンパイアを強化する、復活させる。
ならば――引き離す。
「小賢しい真似を……」
俺を睨み、殺気を出してくるドラキュラ。
その反応を見て、自分の作戦――選択が大正解だったと確信し、心の中でガッツポーズした。




