63.ドラキュラとバンパイア
俺はアナザーワールドの中でダストボックスのテストをしていた。
ダストボックスの中から、次々と封をした瓶を取り出す。
瓶は全部で10個、中身はぶどうジュース――今はワインになっているものだ。
そして、俺が書いた数字のラベルが貼られている。
それぞれ1、2、3……10までの10個だ。
10の瓶は最初に入れた物、10時間前に入れた物だ。
そして9はその1時間後、9時間前に入れた物だ。
そのまま順に入れていって、最後の1をいれてから1時間経ってから、全部取り出した。
ダストボックスに入れたものは、急速な勢いで腐敗・発酵する。
腐敗と発酵の原理は一緒で、人間がほったらかしにしたのが腐敗で、望む方向性にコントロールしたのが発酵だと前に聞いた事がある。
そのダストボックスの腐敗と発酵がどれくらいの速さで進むのかというテストだ。
俺はあらかじめ用意したグラスで、まずは「1」のワインの封をあけて、グラスに注いで、飲んだ。
「ふむ」
しっかりと味わってから、今度は「2」を注いで、同じように味わう。
「なるほど」
大体分かった。
念のために「3」も飲んで、飛び飛びで、「5」と「10」をチェック。
貴族の五男、このリアムの体に乗り移る前の俺は、晩酌がささやかな楽しみの普通の人間だった。
酒の味は分かる、ちゃんと味わえば、それがどれくらいの時間をかけて造られたものなのかが分かる。
それが分からないと、安酒をつかまされたり、偽物をつかまされたりするからだ。
「前世の経験、というべきなのかなあ」
俺は苦笑いしながら、造ったワインを飲み比べる。
ものすごくわかりやすかった。
ラベルが「1」の1時間入れた物は1年物の味がして、「10」の10時間前に入れた物は大体10年物の味とコクがある。
間の数字も、大体その数字が年数分になったものの味だ。
つまり、ダストボックスの中は、1時間が約1年分くらいの速さで流れる効果がある。
「……50年物とか飲んだことないけど」
造って、ジェームズとかにも見てもらうか。
☆
村の西に数キロ行った先にある、小さな森。
ここに村総出で果物を収穫しにきた。
いろんな酒を造りたかったが、そのためには果物が大量にいるので、「約束の地」の先住民であるガイやクリスらに聞いて、この森に連れてきてもらった。
村に移住してきたアスナやジョディ達も交えて、果物を収穫している。
青空の下、木漏れ日が差し込む森の中で、百人近くが果物の収穫に精を出している。
収穫は順調、この分なら、全部酒にしないで、みんなで食べる分もあるな――なんて思っていたその時。
「があああああ!!」
いきなり悲鳴が聞こえてきた。
ギガースの誰かの声だ。
まわりが戸惑っている中、俺はすぐに悲鳴の方に向かって駆け出した。
森の入り口近くにある、収穫に使った大量の籠の近くでギガースが襲われていた。
二メートルくらいのマッチョなギガースが、一回り小さい男に組み付かれ、首を咬まれている。
「やめろ! ――っ!」
叫んだが、向こうはまったく止める気配はない。
ギガースがそいつを振り回すが、首に咬みついたまま離れない。
パワーミサイル、17連。
俺は疾走するとともに魔法を放って、相手の男を狙った。
17発のパワーミサイルが全弾命中して、男をギガースから引き剥がした。
吹っ飛ばされて、地面に何度もバウンドする男。
起き上がると、こっちをちらっと一瞥して、そのまま逃げるように去っていった。
「待て! お前は何者だ!」
俺は追いかけようとしたが――。
「ゴン! しっかりするでござる!」
背後から切羽詰まった声が聞こえてくる。
振り向くと、ガイがさっきのギガース――ゴンの体を揺すっていた。
ゴンは地面に倒れてぐったりしている――と思いきや。
「がはああああ!」
いきなり、豹変したかのように暴れ出した。
「ぐっ! どうしたでござる! それがしでござるよ!」
暴れるゴンを、ガイが力づくで押さえつける。
騒ぎを聞きつけて、他のみんなが森の中から出てくる。
俺も二人に近づく。
よく見ると、ゴンの目は正気ではなかった。
顔が紙のように真っ白で、目に光はないが、血走っている。
そして、首筋は二つの穴があって、そこからだらだらと血が流れている。
「これどういうことなんだ?」
「それがしにも分からないでござる」
「この様子は……状態異常系なのか?」
俺はそう判断して、魔法を使う。
初級神聖魔法、オールクリア。
全ての状態異常を治すラードーンの魔法を、ゴンにかけてみる。
神聖魔法の光がゴンを包み込む。
それまで暴れていたのが、すぅ、と大人しくなる。
「おお、おおおぉぉ……」
やがてゴンは完全におちついて、まるで眠りについたかのように目を閉じて、寝息をたてだした。
「かたじけないでござる!」
ガイはゴンを離して、俺に土下座した。
それほどの感謝の気持ち――なのはいいが。
「どういうことなんだ? これは」
「もしかして、バンパイアじゃないのかしら」
様子を見に出てきたみんなの中から、ジョディがそんな事を言った。
「それはないでござる」
ガイが真っ先に否定して、その後にクリスも続ける。
「そうだよ。バンパイアは昼間に動けないんだよ。あいつら、日光を浴びたら灰になるんだから」
「でも、ドラキュラがいたら?」
「「あっ……」」
更に新しい名前を出すジョディに、ガイもクリスも言葉を失った。
「その、バンパイアとドラキュラは何なんだ?」
「バンパイアはモンスターの一種で、さっき彼らが言ったように、昼間では日光を嫌って行動できないの」
「ふむ」
「様々な特殊能力をもっているけど、一番やっかいなのは、咬んだ相手を同じバンパイアにしてしまう事。感染、と呼ばれているわ」
「やっかいだな」
「ええ、やっかいよ。基本的には、一度感染したら手の施しようがないのだけど……」
ジョディはゴンのそばにしゃがんで、そっとゴンを――まるで脈を取るかのように触れてから、俺を見つめた。
「それを治してしまうなんて……すごいわリアムくん」
ジョディがそう言うって事は、かなりのものなんだな。
その分、俺は全ての状態異常を治すというオールクリアに更に自信をもった。
「それで、ドラキュラは数百年に一度しか生まれないバンパイアの変異種。ドラキュラがいると、バンパイアはその力に統率されて強くなって――なにより日光に弱いという弱点がなくなるの」
「やっかいだな」
「ええ、やっかいな相手が現われたみたいね」
ドラキュラとバンパイア。
もっと、情報が欲しいな。




