06.ハンドレッドマスター
風の初級魔法。
初めてだから、上手く発動しない。
火炎とも氷結とも違う体とイメージの使い方だから、ちぐはぐで上手く行かない。
それまで問題なく使いこなせていた、ナイフとフォークを左右交換して使うような、そんな感じのちぐはぐ。
だが、それを問題とは感じなかった。
新しいものを覚えるんだから、最初はそんなもんだ。
俺は無心で、とにかく何も考えないで、ウインドシュートの練習を続けた。
始めてから約一時間くらいして。
「出来た」
手を向けた先で、茂みの一角が大きく揺れた。
自然の風は吹いていない、俺の魔法によるものだ。
どうやら風魔法も覚えられるみたいだ、後は繰り返していけば――
「――ま、お坊ちゃま」
「え?」
意識に割り込んでくる声、驚いて振り向く。
すると、メイドが若干怒ったような顔で俺を睨んでいるのが見えた。
「ど、どうしたんだ」
「さっきからずっとお呼びしてました。一人でこんなところにいるのは危険です。この林は、旦那様のご指示で獣の類の駆除はしていませんので、毒虫や蛇もいます」
「ああいや、一人じゃ――」
そう言いかけてふりむいたが――あの男はいなかった。
「え?」
「どうしたんですか?」
「え? ああ、いや……」
俺は男が座っていた場所と、不思議そうな顔をするメイドを交互に見比べた。
さっきまでいたのに……どこに?
まさか、幽霊?
そうなると……なかったことにした方がいいかな。
「ここに男の人いたよな」
とかいうと、変な目で見られそうだ。
一瞬のうちにそこまで頭を巡らせて、俺は話を逸らした。
「それより、俺に何の用だ?」
「あっ、はい。これをお届けに来ました」
「これは……魔導書?」
メイドが差し出したのは一冊の魔導書。
いままで見てきた魔導書に比べると格段に古びていて、「初級召喚魔法」って書かれていた。
「旦那様がお渡しするように、と」
「そうか、ありがとう。父上には後で直接お礼を言う、って伝えといて」
「かしこまりました」
メイドは深々と一礼して、身を翻して立ち去った。
その姿を見送って、見えなくなると。
「父親から魔導書か、いいタイミングにもらったじゃないか」
「ふぇっ!」
心臓が口から飛び出しそうなくらいびっくりした。
振り向くと、まったく同じところで、まったく同じポーズで座っている男の姿が再び見えるようになった。
「ど、どこに行ってたんですか?」
「どこにもいっちゃいない。魔法だ。インビジブルって魔法で姿を消してたのさ」
「なるほど……」
そういう魔法もあるのか。
「指輪の中にもはいってる。難しいが、ゆっくり覚えていけばいい」
「はい!」
「さて、ここに人が来る可能性がある以上、長くとどまってはいられないな」
「え? そ、それって……」
どういう意味だ?
「最後にもうひとつ教えてやる。その魔導書を開いて、なんでもいい、魔法のページをひらけ」
「はい」
「で、魔導書に書かれてある内容を、指輪を使って練習してみろ」
「はあ……わかりました」
俺は魔導書を開いて、最初の魔法が書かれてあるページに目を通した。
火の下級精霊・サラマンダー召喚。
それを、書かれている方法でやってみた。
初めて使う魔法、いつも通りなら最初の効果発動まで短くて一時間――と思っていたから驚いた。
効果がすぐに現われた。
びっくりして、指輪をじっと見つめた。
「入ったか」
「こ、これは?」
「大した事じゃない、魔導書の内容をマジックペディアに取り込んだだけだ。その指輪の事は、白ページが延々余ってるノートと思えばいい」
「な、なるほど……」
「取り込むだけで、それ以上の効果は無いがな。まあ、荷物は減るだろ?」
男はにやりと笑った。
「はい! すごく助かります!」
「他のも取り込んでみろ」
「はい!」
俺は父上が送ってきた魔導書から、書かれている残りの三つの召喚魔法を次々やってみた。
風の下級精霊・シルフ召喚。
水の下級精霊・ウンディーネ召喚。
土の下級精霊・ノーム召喚。
書き込むだけなら一瞬だから、すぐに終わった。
「終わりました――え?」
顔を上げると、もう男の姿はなかった。
またインビジブルか――と思ったが、すぐにそうじゃないって分かった。
『魔法頑張れ、またどこかで会おう。追伸 俺のことは誰にも話すな』
と、素数を教えてくれたときと同じように、文字が地面に書かれていた。
姿を消した訳じゃない、もうここにはいないんだって事が分かった。
「……」
俺は無言で、足でその字を消した。
理由は分からないが、言うなと言われたら言わない。
短い時間だったが、名前も知らないままだったが。
彼のことを、すっかり師匠だと、俺は思うようになったからだ。
☆
「なんと! 同時に!?」
俺が魔法の練習をするところを見た父上が盛大に驚いた。
三つ同時だと、一つがすぐに消えてろくな練習にならない、魔力がまだ足りない。
だから俺は、二つ同時に練習した。
魔導書――今はマジックペディアだが――で魔法を覚えるには、とにかく延々と繰り返し練習をするだけ。
二つ同時にというのは、効率が倍になるということだ。
それで俺は練習を続けた。
昼も晩も、とにかく続けた。
次第に魔力があがって、同時発動できる回数も増えた。
そうすると効率もまた上がった。
こうして、一ヶ月経った頃には。
同時発動できる数が五つ、覚えた魔法が百に届いたのだった。
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