53.交渉
あなた方……方。
それは俺と……ラードーンの事を言ってるんだろうな。
スカーレットがバタバタ動いたせいで、ラードーンの事が気づかれた。
俺は色々と考えた。
この話を受けるべきかと考えた矢先に、まず確認しなきゃいけない事があることに気づいた。
それをレオナルドに聞いた。
「侯爵様は」
「レオナルドで結構でございます」
「……レオナルドさんは、スカーレットさんと会ったことはあるのか?」
『ほう』
「むむ」
ラードーンと、レオナルドから同時に違うが、似ている反応が返ってきた。
ラードーンのそれはいつものようにちょっと楽しげで、俺の事をちょっと褒めているという感じの反応だ。
一方のレオナルドは意表を突かれて、感心しているというのが分かる反応だ。
「……失礼」
レオナルドはごほん、と咳払いをして、表情を引き締めた。
「政治的なセンスまでおありだとは思っていなかったもので。通常、貴族の長男以外、しかも五男ともなればそれを磨くことはありませんから」
まあ……そういうのが発揮されるような事態にはならないからな、普通の五男は。
それを話したレオナルドは、微か――ほんのすこしだけ、更にスカーレットからわざと目をそらしながら。
「王女殿下の事ですね。何度もお目にかかったことがあります。先日も舞踏会で一曲踊らせていただきました」
つまりはよく知っているって事だ。
俺のすぐ後ろにいるのがスカーレットだってはっきり分かっている、ということだ。
その上で、一芝居打ってる。
目の前にスカーレットがいるのに、いないものとして、スカーレットの輿入れを俺に提案している。
ここまでは分かった。
目の前に見えるもので、この場で判断出来る事は全部分かった。
その上で、俺は決めかねた。
この話を受けて良いのかどうか。
純粋に、美味しい話にはすぐに飛びついちゃだめって思っただけだ。
この話は美味しすぎる。
だからこそ、すぐに飛びつくのはどうかと思う。
相談がしたい……。
ラードーン。
『うむ、なんだ』
頭のなかでラードーンの声が響く――瞬間。
俺はひらめいた。
因果の因、そして欲しがる果。
それがはっきりと感じる上で、今までもずっと経験してきたこと。
非日常的な事にしては、経験値が普通の人間よりも圧倒的に多い。
その事が、俺にイメージをはっきりと抱かせた。
同時魔法の全ラインを使って、新しい魔法を作り出した。
テレパシー。
『驚かないで聞いてくれ、スカーレット』
『……主、ですか?』
『ほほう……』
背後の気配が変わらなかった、俺が驚くなっていうのをちゃんと出来たようだ。
そして、俺が一瞬で魔法を作り出したことを、ラードーンはますます楽しげに、感心げにした。
そのラードーンをひとまず無視して、テレパシー――念話でスカーレットに聞く。
『そうだ、俺だ。新しい魔法を作り出して、今頭に直接話しかけている』
『作りだした……? さすがは主』
『この話は受けるべきだと思うか?』
『お受けするべきだと思います』
スカーレットは即答した。
そこに迷いはまったくなくて、本気でそうした方がいいって思っているのがはっきりと分かるほどの即答だ。
『理由は?』
『本当の狙いがどうであれ、私の輿入れという形なら、最低でも半年間の時間は稼げます。ジャミール王国の第一王女が輿入れとなれば、キスタドールもパルタも、その真意などを確認するだけでそれくらいの時間がかかります』
『それは絶対か?』
『絶対です。国家間の事は少しの間違い、外交の場での言葉使いを少し間違えただけでも戦争に発展します。その分、全てにおいて慎重になります』
『慎重ということは時間がかかる、か』
『はい。何がどうなろうと、半年は絶対にかかります』
半年間、か。
なるほど、最低でもそれだけの時間が稼げるのなら、この話は受けた方がいいな。
そういうことなら。
「わかった」
「おお、では」
「ああ、王女殿下の――」
ここで俺はまた、はっとひらめいた。
ひらめいて、のど元まで出かかった言葉を直前で換えた。
「――輿入れ、大変光栄に思います」
それでワンクッション置いて、ひらめいたことを頭のなかで一旦整理してから、だす。
「是非お受けしたいのですが、ご覧の通りの状況なので。準備が整うまで実際の輿入れは待ってほしい」
「準備が整うまで?」
「一年をください。王女殿下を受けいれても恥ずかしくない様にします」
「……」
レオナルドは俺をじっと見つめた。
さてどうなるか――
『さすがです主』
――と思ったら、先に念話でスカーレットから答え合わせをもらった。
それからちょっと遅れるような形で。
「わかりました。陛下にはそのようにお伝えします。実際の輿入れは一年後だとして、婚約だけは早めにということになると思いますが……?」
『それなら大丈夫です。私が「都にいて」、輿入れ前の状態が長ければ時間稼ぎになります』
「それで結構です」
「わかりました。そのように報告します」
レオナルドがそういうと、話はまとまった。
とりあえずは時間稼ぎに成功した、のかな。
『ふふ……』
『ラードーン? どうしたんだ』
『時間稼ぎはお互い様だということだ』
『え?』
『向こうも、お前を甘く見ていたから、再評価の時間が欲しいと思っているということだ』
そう……なのか?
いわれてみると、レオナルドはあまり表情変えてないが。
じっと、俺を観察するように見つめている。
『お前を警戒している感情がプンプン伝わってくるわ』
ラードーンは、どこまでも楽しげにそう言ったのだった。
 





