52.俺の評価
騎兵を撃退して村に戻ってくると、人狼やエルフたちのほとんどが一カ所に集まっていた。
理由はすぐに分かった。
数百メートル離れた先にいても一目で分かる、ガーディアン・ラードーンの姿。
そのまわりに、人狼やエルフ達が集まっている。
そして更に近づくと、その中心にスカーレットもちゃんといるのがみえた。
「ただいま。もどってたのか」
「主! はい、文字の修復が終わりましたゆえ」
「そうか」
近づいて、見あげる。
ガーディアン・ラードーンは静かに地面に寝そべっていた。
光沢のあるボディに加え、物静かに寝そべっている姿は、まるで銅像か何かに見えた。
「それはよかった。スカーレット、ちょっと話があるから、一緒に来てくれ」
「わかりました」
「レイナ、それに……クリス。お前達も来い」
同じようにガーディアン・ラードーンのまわりに集まっている二人の名を呼んだ。
エルフと人狼の、それぞれ長的な立場にある二人も一緒に連れて、アナザーワールドに入った。
家の中に三人を招き入れ、座るようにいう。
家に入った直後のリビングで、食卓に囲む形で、俺達四人が座った。
「まずはこれをみてくれ」
俺はそう言って、アイテムボックスから鎧の残骸を取り出した。
騎兵を倒す過程で、ひしゃげて吹っ飛んだ鎧の一部だ。
それが戦闘後の地面にいくつも落ちていたから、紋章が入っているかけらを持ち帰った。
それをテーブルの上に置いて、スカーレットに聞く。
「これ、知ってるか?」
「……パルタ公国の紋章ですね」
「パルタ公国?」
「わがジャミール王国、そしてキスタドール王国と同じく、この『約束の地』に隣接している国です」
「なるほど……」
「さっそく斥候を送ってきたのですか?」
「斥候か。なるほどあれは斥候だったのか」
俺は頷き、納得する。
100人くらいの騎兵と出くわして、それを撃退した事をスカーレットに話した。
「ピクシーたちを襲ったひとですね」
レイナはそう言い、俺は頷いた。
「そうだ。斥候だとすると、襲ったのはついでってことなんだろうな」
「そう思います。おそらく近いうちに、ジャミールやキスタドールからも来るかと思います。元々はガラールの谷という天険で隔たれていた三国ですが、約束の地の復活によって地続きになりました」
「……どこもここの土地は欲しがりそうだ」
「おっしゃる通りです」
状況は、一瞬で理解出来る程度にわかりやすかった。
隣接している谷に、いきなりなかったはずの土地が出現した。
どこもここを調査して、手に入れられるのなら力尽くで手に入れようとするはずだ。
「どうすればいい」
「主にはここに国を作って頂きたい」
俺は静かに頷いた。
レイナ達に、クリス達、その後更にエルフ達がふえて、ここにいる人数はどんどん増えた。
ファミリア――使い魔契約を交わしている者ばかりだから、見捨てる訳にはいかない。
スカーレットが話を持ちかけてきた時よりも遙かに、ここに国を作らなければならない状況になっていた。
「国に必要な要素は三つ、土地と、人民と、力。そのうち土地ははっきりしております。人民も、今はこれだけですが、のちのち主の噂を聞いて更に増えていくでしょう」
「力、かぁ」
「そういう意味では、主が斥候を単独で撃退したのは結果的によかったかと、それに、いまここにガーディアン・ラードーンがいます」
「それだけじゃない、兵――防衛隊みたいなのは必要だな」
「それは任せて!」
クリスがパッと立ち上がって、胸を叩いた。
「ご主人様の敵を全員ぶっ殺せばいいんだよね」
見た目は可愛らしいケモミミの人狼は、言うことが結構物騒だった。
「それなら、あたしたちに任せてよ」
「そうだな……分かった任せる」
俺は頷いた。
共にファミリアの魔法で進化したとはいえ、人狼はエルフよりも遙かに戦闘向きだ。
もともとが狼――狩りに向いている戦闘種族だ。
とりあえず「力」は人狼達に任せよう。
「力があると分かれば、向こうも下手に攻めては来ない。そして認識している力の度合い次第で、こっちと話し合いを持ったり、同盟などを結ぼうと言ったりするでしょう」
「敵に回すよりも味方にした方が得だ、と思わせればいいんだな」
「その通りです」
「わかった。ならとりあえず、斥候くらいの相手はバンバン撃退していこう。領土に侵入してくる相手だ、倒してしまっても問題ないのだろう?」
「おっしゃる通りでございます」
「ベストなのは、相手が手土産持参で同盟を求めること。その手土産の大きさが、そのまま主をどれくらい重視しているのかというバロメータになります」
「なるほど」
俺は深く頷いた。
スカーレットの説明とアドバイスで、当面のやるべき事は見えてきた。
村を作りつつ、敵を撃退していく。
力を出来るだけ見せつける。
ものすごくわかりやすくていい――と思ったのだが。
次の日、事態は俺達の想像を遙かに超えて進んでいった。
☆
村のど真ん中で、俺は貴族風の男と向き合っていた。
30代後半の男で、片眼鏡をかけており、立派なヒゲは手入れが行き届いている。
その背後には十数人の護衛がついているが、見た感じ敵意はなかった。
「レオナルド・バークリーと申します」
男は丁寧に腰を折って、俺に名乗った。
そう動いた瞬間、俺の背後にいる人狼やエルフ達が一瞬ざわついたが、敵意はやっぱり見せてないので、特に何かがおきることはなかった。
「バークリー侯爵……」
「知っているのか?」
すぐそば、斜め後ろに付き従う形で立っているスカーレットに聞き返した。
「ジャミールの貴族です」
「……なるほど」
改めてレオナルドをみる。
彼は笑顔を作ったまま、俺だけを見つめている。
「……リアムだ。バークリー侯爵はここに何の用だ?」
「我が主、ロレンツォ二世陛下よりあなた様に会いに行け、との勅命を受けました」
「国王陛下の?」
「はい」
レオナルドはにこりと微笑んだまま。
「わがジャミール王国は、あなた様と戦う意思はありません。同盟を結ぶことを求めております」
「え?」
いきなり? って言葉が頭の中に浮かんで、俺は驚いた。
しかし、驚きは更に先にあった。
「もし受けて頂けるのなら」
「……なら?」
「我が国の第一王女、スカーレット様を輿入れする用意があります」
「「――っ!」」
俺とスカーレットは同時に驚いた。
第一王女の輿入れ、これ以上ない大きな「手土産」だった。
ジャミールは、そこまで俺を評価している?
評価しているのはいいけど、何故だ?
まだジャミールからの斥候は来てないし、力は見せてないはずなんだが……。
「あ……」
俺はある事を思い出した。振り向き、肩越しにちらっとスカーレットを見る。
バレバレなんだ。
俺に口止めをした時の動きと同じように。
スカーレットが「神竜」の事を調べている事がバレバレなんだ。
俺がそこまで理解したのをまるで見透かしたかのように。
「ジャミール王国は、あなた方ほどの方と敵対するつもりはまったくありません」
はっきりと、俺を最大限評価していると、暗に告げてきたのだった。