05.マジックペディア
「面白い、実に面白いな」
「面白い?」
「今度は三つ同時にやってみろ」
「はあ……わかりました」
何も分からないけど、とりあえず分かったといいながら、言われたとおりに三つをやってみる。
炎の玉、ファイヤーボール。
炎の刃、フレイムカッター。
ほんのりと熱くなる地面、ホットフロア。
初級火炎魔法の魔導書から学んだ魔法の中から選んで三つ、同時にこなした。
「出来た――あっ」
瞬間、ファイヤーボールがはじけ飛んだ。
爆発したとかじゃなくて、炎である事を維持できなくて消えた。
シャボン玉が消えた、その程度の感覚で消えた。
「ダメだった」
「いやいい、今ので成功だ。面白いな君」
「え?」
「ちゃんと出来てる、今のは純粋に魔力が足りなかっただけだ。この技法は別々で使うよりも、それぞれの魔法に2倍近くの魔力を消費するからな」
「そうなんだ……」
「その歳で三つを『起動』まで持って行けたのは既にかなりの物だ。三つ同時、というのはもっとすごいことだが」
男は更に上機嫌になった。
俺が三つ同時に出来たことが嬉しくてたまらないという様子。
「魔力が足りないなら、ここから先は口頭での説明だ。そこにすわって」
「はい」
俺は素直に従った。
素性どころか、未だ名前さえも知らない相手だけど、俺のなかではもう、彼を師匠のように思っていた。
「この技法を突き詰めていくと、途中で意味のない障害にぶち当たる事になる」
「意味のない障害?」
「そうだ。答えから言うと、この技法は素数の数でしか発動しない。素数はわかるか?」
「いいえ」
「そうか。ならそれは自分で調べろ。貴族なら私塾にいってるだろう。何が素数になるのかだけ教える」
男は動かず、俺との間の地面を見た。
すると、地面がひとりでに、棒でひっかいたように文字を書き出した。
文字と言うより、数字だ。
2、3、5、7、11、13、17――
「これらが素数だ」
「はあ」
「で、順調に覚えていくと、まず4でつまずく。どうやっても成功しない。たとえ5つ同時ができるようになっても、4はできない。そういうもんだ」
「なるほど。つまり、できもしない4……とか6とかで延々とはまるわけですね」
「いいぞ、君は頭も賢いみたいだ。だがちょっと違う。4を越えたら、その経験もあるから、6はそれほどはまらない」
「あ、そっか」
「ちなみにその次にはまるのが9だ。それまでの経験で『偶数は無理』ってなるからな。でもある日ふっと気づくんだ。あれ? そもそも最初は2からはじまってるんじゃ……ってな」
「はあ……なるほど」
俺は男が書いた数字を眺めた。
まだよく「素数」というのが分からないけど、この数字達は覚えておこう。
書かれているものだけなら、そんなに難しくはない。すぐに覚えた。
「ちなみにこれが俺の限界」
男はそう言って、同時に様々な魔法を使った。
炎、氷、雷に風――
多種多様な魔法が同時に発動して、空中に浮かんでいた。
「13、ですね」
「ああ。俺の体感では、魔力的には16までいけるが、16は発動しない、13の次は17だ。この技法であえて弱点をあげるんならそこだ。多少の成長は下にあわせちゃうから意味がない、13も14も15も16も同じく13だ」
「でも、17になると一気に成長するんですよね」
「そういうことだ」
男はにやりと笑った。
「君はやっぱり賢いな。年はいくつだ? 十二〜三くらいか?」
「えっと、十二です」
本当はもっと年上、だとは言えなかった。
そもそも、なぜこの肉体に乗り移ったのかも分からないから。
「十二でそれくらい賢いと将来有望だな。いずれ俺も越えられるかもしれない」
「そうでしょうか」
「若さは武器だ。ついでにいえば、他人の言葉に耳を貸すことが出来るのはもっと武器だ」
「はあ……」
俺は曖昧に頷いた。
若さが武器なのはすごく同感だ。
この体に乗り移る直前なんか、翌日に来る筋肉痛とか、怪我をしてもなかなか治らないとかで困ってたくらいだ。
だけど、人の言葉に耳を貸す……それは普通のことなんじゃないだろうか。
男の視線が下に下がった。
俺がずっと持っていた、初級氷結魔法の魔導書を見ていた。
「魔導書か。他にもっているのか?」
「ないです。でももっと魔法を覚えたいので、父上がもっと集めてくれるって言ってました」
「覚えたいのか?」
「はい!」
俺は即答で、強く答えた。
憧れの魔法、もっともっと覚えたいと思っている。
「なら、これをやる」
男がそう言った後、何かがふわふわと飛んできて、俺の前に止った。
俺の目の前の空中に浮いているもの、それは――
「指輪?」
「マジックペディアっていう」
「マジックペディア」
「平たく言えば魔導書だな」
「え?」
「厳密には、『100冊分の魔法の情報がつまってる、マテリアルコーディングをした練習アイテム』、だ」
「100冊分の!? こ、これに?」
「ああ。まあ、それだけの代物だけどな。魔法が覚えやすかったりする事はない、ただ単に魔法がぎっしり詰まってるだけだ。100冊分持ち歩かなくていい、位のメリットしかない」
後半の言葉はほとんど入ってこなかった。
魔導書100冊分の魔法。
それだけでも、俺にはものすごい魅力的なもの。
浮いてる指輪をそっと手に取った瞬間。
300を越える魔法の名前が頭の中に浮かんだ。
「ま、まずはウインドシュート」
俺は早速、指輪を媒体に、頭の中に浮かび上がってきた手順とやり方を実行して、ウインドシュートを覚えようとした。
憧れの魔法が300個も、それが頭を支配して、指輪以外のことが入ってこなかった。
「やっぱり面白い。そのひたむきさが一番の武器だな」