438.防波堤
シーラと一緒に、映像を注視した。
街の中心、庁舎の周りに次々と住民が集まってくる。
住民の八割が男で、九割は何かしらの武器になるものを持っていて、十割が怒りに満ちた表情だった。
人数は100を超えたあたりから画面に収まりきらなくなっていた。
最初は強気に追い返そうとしていた番兵だったが、集まってくる住民の数に反比例してその強気が削がれていき、しまいには完全に圧されていた。
それでもなんとか忠実に職務をこなそうとしたが、先頭に居るいかにも気が荒そうな男に殴り飛ばされると、住民が正門を無理矢理こじ開けた。
最初は「開ける」ような動きだったのが、無理矢理やったもんだから門が一部破損した。
それをきっかけに、角材や木槌といった、「壊す」ように使えるものを持ったものたちが正門を壊しはじめた。
最終的には元の門よりも広くなってしまった入り口に、住民が津波の如くなだれ込んだ。
次の門――建物の扉はあっさりと開いた。
既に正門で番兵が殴り飛ばされ、正門そのものが見るも無惨に破壊されているのが見えている。
庁舎の役人などは、完全に腰が引けたり怯えきっていたりと、住民を止めようという気概がびた一文なかった。
住民が入ってくるのを黙って見過ごしたり、道を開けたり。
何人かは脅される前に進んで道を指し示した。
「これで終わりですわね」
『そうなのか?』
「ええ、一時間もしないうちにあの建物――庁舎の主が吊るし上げられますわ。何しろ彼に民を宥める手札は一つもありませんもの」
『なるほど、その後どうなるんだ?』
「その後の生死はわかりませんが、住民はそれをわたくしに差し出し赦しを乞おうとするでしょう」
『そこにも恐怖を追加でのせるのか?』
「いいえ、今回はここまでですわ」
『そうなのか?』
俺はまだ、少しだけ驚いた。
てっきりもう少しというか、とことんまでやるもんだと思っていた。
「ええ、そこまで行けばわたくしの目的は達成ですわ。これ一回きりかもしれませんし、同じことをあと数回繰り返す事になるかもしれませんけれど」
『それでどうなるんだ?』
「通達ですわ」
シーラは婉然と微笑む。
「魔王と敵対するのなら、住民が蜂起するまで、あるいは民心が完全に離れるまでやられる。その事を通達するのですわ。賢い人なら一度で分かるでしょう」
『相手は領主とかってことだよな? そういう人達って基本賢いひとばかりじゃないのか?』
俺は不思議がった。
俺から見たら、貴族はみんな賢い。
魔法の事ならその貴族たちに負けない自信ができつつあるけど、魔法以外の事は貴族の方が普通に俺よりも賢いと思う。
だったら一回だけですむんじゃ……? とおもった。
「そうだと助かるのですけれど……今までの事を考えると望めませんわ」
『今までの事?』
「ジャミール、キスタドール、それと前のパルタ。この三国があなたにしている事ですわ」
『えっと……』
「うっとうしいと感じた事はありませんの? 交渉してきては反故にしたり、懐柔してきたとおもったらいつの間にかそれもなかったことにされたり」
『あ、うん。それはそう』
シーラの指摘通りだった。
俺が約束の地で魔物の国を作ってからずっとそうだ。
いま近くにいる女性だけでも、パルタはフローラ、キスタドールはシーラなど、それで親善を結んだはずなのに、いつの間にかそんな話がまるでなかったことになっている。
「この三国の共通した点は、相手を魔物だと思っているからですわ」
『……? 魔物の国だろ、そもそも』
「ええ、そうですわ。ですから、魔物との約束なんて守る必要はない。約束を取り付けるというのはあくまでその場を凌ぎ、次の対応策を考えるための方便。その最たるものがフローラですわ」
『フローラが?』
「ええ、前パルタ公の庶子、使い捨ての人身御供。女一人で魔物の国への時間を少しでも稼げれば安いもの――と考えていたはずですわ」
『そうだったのか……』
「その行き着く先が【ドラゴンスレイヤー】ですわ。歴史にもう少し真摯に向き合っていればそれを持ち出す事の愚かしさを分かっていてしかるべきはずなのに、そうした。その結果大公の座を追われた」
『……』
「ですので、ジャミールもキスタドールも同じですわ。パルタ同様、三竜の『脅威』だけをしっていますから、排除しか考えませんわ」
『それは困る』
俺は本気で、腹の底から声が出そうな勢いでそう言った。
シーラの言うことには割と納得だ。
そしてそれが本当にそうなったら、ジャミールとキスタドールとはいつまでたっても戦い続けなきゃいけないって事になる。
それは本当に困る。
出来ればそうはなりたくない。
「それを止める確実な方法が一つありますわ」
『なんだ? それは』
俺は食い気味にシーラにきいた。
シーラは、にこり、と微笑んだ。
「いま、パルタは何があってもあなたの敵にはなりませんわ」
『ああ、大公がシーラだしな』
今でも分からない事の方が多いけど、分かる事もある。
シーラはきっと、俺の敵にはならないということはわかる。
「でしたら簡単。わたくしが三つの国をまとめて、あなたの国、約束の地。その外周をぐるっと取り囲む一つの国に纏めてしまえばいいのですわ」
『おお』
「あなたの国は宗主国、周りを囲むわたくしのは属国。それで、あなたに直接ふっかけるものはいなくなりますわ」
『それは有難い。そこまでしてくれるんだ』
これもやはり、分からない事が多いけど、一つ分かる。
それをやるのはかなり大変だということは分かる。
「その点は神竜――ラードーンと似ていますわね、わたくしも」
『うん?』
「あなたが魔法を探求している姿を見ているのが好きなのですわ」
シーラは穏やかに、それでいて楽しそうに笑った。