436.蜂起
『次の段階』
シーラの言葉を同じように繰り返して、俺は考えた。
彼女は今し方、そこそこの実力者、暗殺者を撃退している。
――って、ことは。
『暗殺を口実に何かするのか?』
「いいえ」
『え? 違うのか?』
「はい」
『暗殺されかかったのに何もしないのか?』
「ええ、特に、なにも。暗殺など今日に始まったことではありませんし、それに戦場ではありますが、いわば貴族同士の争い。暗殺など初歩の初歩」
『そうなのか!?』
思わず「ええっ!?」って声に出しかけてしまう位に驚いた。
暗殺を「なんともない」事扱いしているシーラの神経の図太さに驚いたが、それが貴族だったら当たり前、というので二度驚いた。
「そうですわ。これに関してはせいぜい、『暗殺に失敗して今どんな気持ち?』と、軽くあおり立てる事くらいしか出来ませんわ」
『それはそれで――』
ちょっと想像してしまった。
シーラが敵と対面して「今どんな気持ち」と言っている光景が頭に浮かぶ。
その辺の奴らがやるとただただうっとうしいだけだろうが、想像したシーラのそれは妙に様になっていた。
ちょっとだけ見たいとすら思えた――が。
自分が思いついた事だから分かる。
それをやっても「恐怖」は塵ほども増えないだろうってことは分かる。
シーラがやろうとしている事の助けにならないだろうってのは分かるから、クチには出さないでそのままなかった事にした。
『じゃあ次の段階って何をするんだ?』
「私が何かをするのではなく、向こうがどう動くか、なのですわ」
『向こう?』
「ええ。私の見立てでは、遅くとも今日の日没くらいにはそうなりそうですわね」
『今日中にはってことか……』
「気になりますの?」
『ああ』
俺ははっきりとそう言いきった。
今はラードーンの気持ちがよく分かる。
俺がやっている事を一番近くから見ているラードーンの気持ちが分かる。
俺も盟約召喚、そして魔剣リアムへの憑依というかたちで、シーラを一番近くから見ようとしている。
ラードーンと違うのは、俺は介入をしたがっているというところだな。
俺の想像もつかないようなシーラ、そのシーラが考えついた事を、俺が魔法で実現する。
魔法は好きだ、大好きだ。
どんな魔法でも大好きで、知っている魔法でも知らない魔法でも、世の中に存在する魔法でもこれから生まれる魔法でも。
とにかく、魔法が大好きだ。
シーラは俺が思いもつかないような事をする。
それはつまり、シーラの側にいれば、俺が普通に人生を送ってるだけじゃ見られない、邂逅できない魔法に出逢えるということでもあると思う。
少し前に普通の人間からリアムになって、憧れの魔法の才能を授かった。
今はシーラの側についていけば、更に魔法の世界が広がるように思う。
リアムになったのを生まれ変わり――転生だとするのなら、今のシーラと出逢ったのは二回目の転生といってもいい。
そこまで思うと、ますます、シーラがいう「次の段階」がきになった。
『それを教えてくれ』
「それもいいのですが……せっかくですし、直接見た方がいいですわ」
『なるほど、どうすればいい』
「その映像の魔法で、ラショークの他の場所を見て見ましょう」
『わかった。どこをみればいいんだ?』
「戦場になっている入り口から離れた場所を適当に数カ所、そして中央にある庁舎を一望できるように」
『庁舎って……ああ、空中から見たとき一番目立ってた建物か』
「ええ、宮殿や王宮の縮小版のようなあれですわ」
『わかった』
俺は応じ、新たに映像の魔法をつかった。
シーラの言う通り、街中の何カ所か、それと庁舎が一望できるようにした。
空から見た庁舎はとくに変わったことはない。
その一方で、街中は朝方という大半の人間がまだ眠りについている時間帯だというのに、多くの人間が不安そうにしていた。
主に大人の男だが、数人が外に出ていて、今も爆煙が立ちこめている戦場を不安そうにみていた。
『家からでてくるんだな、みんな隠れてるもんだって思ってた』
「それもうまく行っている証の一つですわね」
『ん? どういうことだ?』
「わたくしが行っていることを察しているのでしょう。戦場は四カ所の入り口、破壊もその周辺。そこまで分かれば、度胸のあるものたちならある程度は自由に動けますわ」
『あー……なるほど、言われて見ればたしかに気の強そうな男たちばっかりだ』
シーラの説明に納得する。
確かにでているのは度胸のありそうな男たちばかりだ。
『ん? なんか怒ってるけど……こっちじゃない?』
画面内の住民たちは、不安そうな顔をしているものも多かったが、中には怒った顔をしているのも少なくない。
最初は俺達――シーラに向けられた怒りだと思っていたが、それにしては視線の方向が違う気がする。
『これは……』
「庁舎の方、でしょうね」
『庁舎? なんで?』
「不満ですわ」
シーラはフッと口角を持ち上げたまま、いう。
「わたくしは数回、無駄な抵抗をはねのけて、追加の破壊をしました。そして暗殺も退け、交渉も無視しました」
『ああ、その都度街を壊していったんだったな』
「ええ、降伏するしかない、それ以外受付けないと、と暗につたえました。しかしそれには応えていない。そしてわたくしはいまも淡々と攻撃を続けている。住民たちからすればどうなるでしょう」
『うーん、さっさと降伏しろ、ってことか? いや俺の推測はあてにならんか』
「いいえ、ご明察ですわ」
『へ?』
驚いた。
まさか当るとは思っていなかった。
「その通りですわ。そしてそれは怒りに繋がる」
『怒り――あっ』
映像――街が動き出した。
住民が一人また一人と動き出し、集まって、庁舎へ向かう。
その表情には一様に怒りと、手には木の棒や角材など、街中にある「武器」を携えていた。