434.ミスキャスト
深夜、月が雲の向こうに隠れた、暗闇の夜。
俺はシーラを連れてラショークの街上空をぐるっと一周して、定例の襲撃を行った。
「襲撃日和ですわ」
真っ暗闇の中、シーラはおどけた様子でそう言った。
『襲撃日和?』
「ええ、夜襲は暗闇に乗じて行うのが基本ですわ。月も星も雲の向こうに隠れている今のような状況がもっとも適しているんですのよ」
『なるほど』
俺が納得している間に、シーラは街を襲撃して、新たなクレーターを作りあげた。
一カ所につき30回目くらいの襲撃で、街全体で合計120個くらいになっている。
一つ一つは街の規模からすれば小さいモノだが、120という数まで増えてくればかなりのもの。
目算で十分の一くらいが破壊されているという感じか。
月明かりがないから街全体の輪郭はよく見えないものの、定期的に破壊しているところは未だに火の手がくすぶっていたり、煙が上がったりしている。
その周りだけがよく見える。
その光景は、街全体を四隅からじわじわと浸食しているように見える。
『さすがだ、これは怖いな』
「あら、いまになってどうしたんですの?」
街から小丘に戻る道中で、俺はしみじみとつぶやいた。
『いや、さっき上空から見た光景で、昔似たような経験をしたことがある事を思い出したんだ』
「似たような経験ですの? ここ二十年ほど、ハミルトン家で戦は起きたという話は聞きませんでしたが」
『ああ、うん』
シーラの立場というか、認識からすればそうなるのだろう。
彼女はきっと、ハミルトン家五男リアムから、ハミルトン家の事をある程度調べているんだろう。
だが、俺がリアムになったのごくごく最近のこと。
それ以前は魔法に憧れているけど全く才能の無かったその辺の村人だ。
そんな村人だった頃に――。
『戦じゃなくて、大嵐。水が扉から徐々に家の中に浸食してくる事がたまにあって、その時の感じににてた』
言いながら、その時の事を思い出す。
外に出れば一瞬で全身がずぶ濡れになり、川が余裕で増水するほどの大嵐の日。
水位があがって、すんでいる村が半ば水没して、布を詰めたドアから徐々に浸水してくるあの光景。
あの時は恐怖だった。
このままいったらどうなるのか、という恐怖。
クレーターの浸食をみて、その事を思い出した。
街の住民はきっと、あの時の俺と同じ種類の恐怖を覚えている事だろう。
「あら、ハミルトン家の屋敷は意外と安普請なんですのね。ラードーン討伐の痛手が後を引いていたのかしら」
『あはは。まあ、すごいよ、シーラは。きっと今ごろ恐怖がものすごい事になっているはずだ』
そうこう言っているうちに、小丘のところに戻ってきた。
『むっ……』
「どうしたんですの?」
『兵士たちの様子がおかしい。これは……気絶? いや――』
魔法を使えない人間でも、体に微弱な魔力がある。
魔法都市リアムはそういうものたち――例えばアメリアやフローラたちのようなか弱い女の子でも【ライト】などの魔法を使えるように作っているが、その根本にあるのは微弱が魔力があるからだ。
そして人間は、魔力を見ればある程度どういう状況なのが分かる。
小丘に残してきたシーラの数十名の兵士は、今、普通の状況ではない。
それを更に読み取ろうと、感覚を研ぎ澄ませていると。
「夜襲ですわね」
『夜襲?』
「今夜は夜襲日和、そして向こうがとれる選択肢を極端に狭めていきましたもの」
『じゃあどうする?』
俺は速度を落としつつ、聞く。
「このまま戻って構いませんわ」
『いいのか?』
「ええ」
シーラはにこりと微笑む。
月明かりがなくとも、この近さならはっきりと見える。
自信が満ちあふれている表情だ。
俺は速度をもどし、シーラを元の小丘の上にもどした。
瞬間。
俺でも分かるほどの殺気が爆発的に膨らみ、俺――シーラに迫ってきた。
魔力感知が働く――敵は六人。
明かりのない夜でも微かに煌めく鈍色の光が孤を描いて襲ってきた。
魔力光――魔力剣の光だ。
それとともに反対側から空気を切り裂く音が聞こえてくる。
肉弾戦を得意とする格闘家がよく出している音だ。
それが左右からシーラを挟撃する。
シーラはひらりと格闘家の攻撃を受け流し、魔剣リアムで魔法剣を受け止めた。
火花が飛び散った。
周りが一瞬だけよく見えた。
格闘家らしきものは男だが、両腕が人間のものとは似ても似つかないものに変化している。
毛むくじゃらで、先端にするどそうな爪がついている。
熊か、それに近い猛獣の腕のようだ。
体の一部を変化させる、部分変身魔法の類だ。
「やれやれですわ」
シーラがため息をついた。
魔法剣を無造作に弾き飛ばして、返す刀で部分変身の男を薙ぐ。
男はとっさに後ろ向きに跳躍して、シーラの斬撃を襲った。
『やれやれってどういうことだ?』
「猛獣や魔物に変身する魔法や技能、それは視覚的な威嚇も込みでの技。暗殺ではその利を自ら捨てているものですわ」
『ああ』
なるほどと納得した。
今、まさに恐怖を積み上げているシーラならではの言葉だった。