433.交渉拒否
シーラは同じことを繰り返した。
【ダーククロニクル】シーラで街の四方向を取り囲み、街の兵士を倒していく。
一時間ごとにそれを止め、本人が街に出向いて、上空から四方向で一つずつ建物を破壊していく。
その度に、建物の跡地に巨大なクレーターが残る。
上空からは、街がどんどん傷だらけになっていくのが分かるし、兵士の士気はその度に下がり、民の顔が恐怖にそまっていく。
そして【ダーククロニクル】シーラは倒される度にシーラが再作製して俺が【テレポート】で倒された場所に飛ばしているが――。
『もしかして』
「なんですの?」
街の外の小丘の上、最低限の兵士を従えたままのシーラが聞き返してきた。
『【ダーククロニクル】の詠唱、少し速くなった?』
「あら、わかりますの?」
『魔力の流れでな。なんていうんだろ……ああ、泉に水を汲みに行くと、汲んでる時は水面にさざ波がたつけど、汲み終わったらそれが徐々におさまるだろ?』
「ええ」
『魔法もそんな感じで、シーラの「収まる」タイミングが少しずつ早くなってる感じがする』
「そうなんですのね。わたくし自身としては――この魔法が少しずつこなれていくのを感じますが、時間が短くなっているのは気づきませんでしたわ」
『このままだと近いうちに完全に覚えられそうだ』
「あら、それは嬉しいですわね」
シーラは少し嬉しそうに微笑んだ。
今も詠唱が終わってて倒され待ちだ。
『にしても、シーラの定期破壊があっても、兵士の動きが鈍くなってきたな』
「進むも地獄、引くも地獄。どっちでもだめで動きが止まっているんですわね」
『このまま続けるのか?』
「いいえ、丁度いいタイミングですから、もう一段階先へ進めますわ」
『へえ?』
「また飛行魔法をお願いしますわ」
『わかった。今までと同じでいいのか?』
「ええ」
シーラがそういうと、俺は気分良く頷き、飛行魔法で彼女を再び街の上空につれていった。
シーラはバラの魔法陣を広げ、四方向でまた建物をそれぞれ破壊してクレーターをつくる。
今までと全く同じだった。
「戻り、お願いしますわ」
『いいけど……全く同じなんじゃないのか? 今までと』
「ええ、ここまでは。数えて十回目になるのを利用しようかと」
『へえ?』
どういうことなんだろう、と俺はシーラを連れて、元の小丘の上に戻ってきた。
兵の前に着地すると、シーラが言ってきた。
「わたくしの幻影をお願いできまして?」
『幻影、契約召喚でいいのか?』
「ええ、それを三人分」
『わかった――【契約召喚:シーラ】三連!』
契約召喚を同時に使って、契約シーラを三人呼び出した。
全く同じ格好をしたシーラたちは、互いを見て頷き合った。
そして、召喚されたばかりの契約シーラは一斉に、バラの魔法陣で魔法を詠唱し始める。
この魔力の流れは――。
『【ダーククロニクル】か?』
「ご名答、時間をかけても問題はないのですが、どうせなら同時にと」
『なるほど』
少しまつと、契約シーラの詠唱がおわった。
オリジナルのシーラを含めて、四人一斉に【ダーククロニクル】を発動した。
【ダーククロニクル】シーラ、子供シーラが四人一斉に造られた。
「ご苦労様」
シーラがそういい、契約シーラたちが頷く。
そのまま三人は消えた。
そしてシーラは俺にいう。
「この四体をそれぞれ四カ所に【テレポート】をお願いしますわ」
『倒れてからじゃないのか?』
「ええ、追加、という形ですわ」
『追加……』
「街の破壊10回ごと、10時間ごとにこれを一体追加、という形ですわ」
『……ああ、クレーターをふやしたのと似たようなことか』
「その通りですわ」
『さすがだな、わかった』
シーラの要望通り、【テレポート】で【ダーククロニクル】シーラを四つの入り口に配備した。
前のが倒されていない状態で追加され、映像の中では全入り口で【ダーククロニクル】シーラが二体ずつになった。
兵士たちがおののき、隠れて様子をのぞいている住民たちの絶望が更に色濃くなった。
「あら」
『どうしたんだ?』
「南の入り口で今、兵の一人が曲射で矢を街の外を囲んでいる兵のところに放ちましたわ」
『壁を越えて直接兵を攻撃しようって事か?』
「いいえ、一本だけで後が続きませんでしたから、おそらくは――」
シーラはそこで一旦言葉を切って、映像ではなく肉眼で街の方をみつめた。
直後、街の方から砂煙を巻き起こしながら向かってくるものがいた。
馬を駆って向かってくるのは、シーラの部下の兵士だ。
それが単騎、こっちにむかってきた。
兵士はシーラの前までやってくると、馬から流れるように飛び降りて、シーラに跪いた。
「ご報告申し上げます、街の中から矢文が」
兵士はそういって、持ってきた矢を両手で掲げるように持って、シーラにさしだした。
矢の真ん中辺りに細く折った紙が結ばれている。
シーラはそれを受け取り、紙をはずしてひろげた。
『これは……交渉の申し出?』
「予想通りの順番ですわね」
『そうなのか?』
「ええ、これ以上は戦えないから、交渉をしたい。【ダーククロニクル】で呼び出したものは反撃以外の行動をしないことはバレてますので、矢文で外にいる兵士にこれを届けたということですわ」
『なるほど。これをどうするんだ?』
「くすっ」
シーラはにこり、と微笑んだ。
目もちゃんと笑っていて、交渉を受け入れるのか――と思いきや。
「もう一巡、破壊をして参りますわ」
『え? するの?』
「ええ。交渉なんて思い上がりをすてなさい無条件降伏以外認めません――と主張して来ますわ」
『おー……なるほど』
さすがだ、と思った。
そのままシーラを連れて、空を飛び、もう一度クレーターを造って、街を破壊してもらった。
その間、兵士も街の住民も。
恐怖の色がますます強くなっていったのを、映像でしっかりと確認出来たのだった。