432.演出家シーラ
シーラを連れて、50人の兵を待たせているところに戻ってきた。
ラショークの街からほどよく離れた小丘の上に戻ってきて、再び魔法で観戦する。
【ダーククロニクル】子供シーラが戦っている、ラショークの兵が死に物狂いで迎撃する。
子供シーラが圧倒しているが、動きが単調だからシーラほどは強くなくて、たまに倒される。
それを予想しているシーラは、まだ完全に習得出来ずに時間の掛かる【ダーククロニクル】を常に詠唱していて、子供シーラが倒されるたびに即再作製できるようにした。
それで作ったのを俺が【テレポート】で送り込んでいる。
結果、子供シーラは倒されても倒されても補充される、という形になった。
そうなると――。
「四カ所とも、遠巻きに様子見されていますわね」
映像を眺めるシーラがそうつぶやく。
彼女の言う通り、映像の中では子供シーラがほぼ棒立ちな感じになってて、ラショークの兵たちは遠巻きに様子をうかがっている。
『命令が反撃しろって感じだからな、変えた方がいいんじゃないのか?』
「いいえ、これで結構ですわ」
『そうなのか?』
「ええ、予想内ですわ。むしろこうなってもらわねばこまりますの」
『こうって、様子見の膠着状態ってことか? そうじゃないと困るってのは?』
「そうですわね……前回から小一時間が経過しましたし、そろそろまいりましょうか」
『どこへ?』
「さきほどと同じように、またわたくしを飛ばしてくださいな」
『さっきと同じだな? わかった』
シーラのいう事を深く追求はしなかった。
追求して言葉で説明されるよりも、実際に行動に移してもらった方がわかりやすいと思ったからだ。
飛行魔法でシーラを飛ばして、一時間前と同じように、一番近い南の入り口に向かう。
そして同じように、外壁を少し越えた、子供シーラの前に出た所の空中でとまる。
遠巻きにしているラショークの兵士や住民たちが、再び現れたシーラにどよめきが走る。
『ここからどうするんだ?』
「みていて下さい」
シーラはそういい、手を天に向かって突き上げた。
そしてこれまたさっきと同じように、足元ではなく頭上にトレードマークのバラの魔法陣を展開した。
バラの魔法陣で、兵士も住民も逃げ惑う。
シーラはさっきと同じように、純粋な力を放出して、地上に叩きつけた。
さっきに出来たクレーターの真横に力をぶつけて、建物を消滅させ、ほぼほぼ同じサイズのクレーターを造り出した。
半径10メートルほどのクレーターが二つ並ぶ光景に、住民の半数が恐怖に言葉を失い、半数がざわついた。
「次、お願いしますわ」
『ああ』
俺はシーラを次の場所に運んだ。
運びつづけた。
さっきと同じように、ラショークの街の四つの入り口を回って、全部の入り口周辺にきっちり建物を消し飛ばしてクレーターを造った。
四つクレーターをつくって、全部で八個にしてから、再び兵士のいるラショーク郊外に戻ってきて、着地する。
それと同時に、うつし続けている映像のなかで子供シーラが動き出した。
兵士たちが襲いかかり、子供シーラが反撃する。
「こんな感じですわ」
『……うん』
こんな感じ。
シーラが追加でクレーターを造ってきたのは見てて分かったけど、その狙いが今ひとつ分からなかった。
わからないもんだから、俺は素直にきいた。
『これでどうなるんだ?』
「今後、降伏ないしは落城するまで、一時間おきに赴き、同じことをしてくるつもりですわ」
『一時間ごと』
「そうなるほど、向こうは膠着なんてしていられませんわ。時間を掛ければ掛けるほど街が壊されていきますもの」
『……おおっ』
魔剣に憑依していて手はないが、手をポンと叩くほどの勢いで納得した。
『なるほどたしかに。あんたが定期的に現れてさっきみたいな事をしてたら悠長に構えていられなくなるな』
「ええ。正体不明の敵、と同時に追い詰められていく恐怖ですわ」
『それを通告してやった方がわかりやすくないか?』
「いいえ、無言でやってこその恐怖ですわ。一切交渉に応じないというのも恐怖を彩る最高のスパイスになりますの」
『なるほど』
言われてみればそうだ、と思った。
やりたい事を宣言する敵よりも、宣言しないでとにかくやっているのとじゃ、後者の方がより怖いのは、言われてみればそうだと納得した。
さすがだ、と思った。
『って事はしばらくの間、これを延々とやってればいいんだな。街の広さから、一時間ごとにやってっても何日……いや何週間はかかるな』
「理屈では」
『理屈では?』
「ええ、理屈ではそうですが、圧倒的な力を伴う無言の恐怖。それにあらがい続けるのはかなり難しいですわ」
『あの街の街長? があらがえたら?』
「街の住民が先に音を上げますわ。大衆はそこまで我慢出来ませんわ」
そういうものなのか、と思っていたがすぐにシーラのいう事が正しいとわかった。
何週間どころか、一日すらかからなかった。
シーラが五回目のクレーターを造り出した後、子供シーラを映している映像の中で、街の住民と兵士がもめだした。
街の住民が白旗をあげるべきだとせまった。
兵士は心が動くが、出てきた街長らしき統治者の男がそれをはねのけた。
が、その統治者の男はあっという間に住民につるし上げられた。
兵士に命令を下して自分をまもれ、住民を排除するようにいったが、兵士にも厭戦気分が広がっているので命令が実行されることはなかった。
シーラが「大衆は我慢出来ない」といってからわずか五時間ほどで。
住民が統治者をつるし上げて白旗を掲げてきた。
改めて、シーラの恐怖の演出はすごいなと思ったのだった。