428.盲点
「この状態ではどのような事ができますの?」
改めて、といった感じでシーラは目の前の子供シーラの事をおれにきいてきた。
この状態、というのは彼女がさっきいった「人形みたいな」状態の事をいうのだろう。
『シンプルな事を一つさせられる、それを繰り返させる。って感じかな』
「シンプルな事を繰り返す……ですの?」
『ああ、最近水車小屋の事があったばかりなんだろう、あんな感じのシンプルで同じことを延々と繰り返す、ってイメージ』
「なるほど。どれくらいの事ができますの?」
『そうだな……大体「一言で収まる」ってところか』
「一言……ですの」
シーラは少し考えてから、改めて子供シーラをみた。
シーラの体からぼんやりとした魔力が光って、子供シーラにそそがれた。
次の瞬間、子供シーラはその場にすわった。
座った側からすぐに立ち上がった。
立ち上がるとまた同じように座った。
座って、立って、座って、立って――それを繰り返した。
「なるほど、こういうことですの」
『座ったり立ったりさせたのか、うん、こんな感じだ』
「ちなみにわたくしは、座るときはドレスを押さえてとさせようとしたのですが、そこまでは出来なかったようですわ」
『ドレスをって……ああ』
一瞬首をかしげたが、すぐにわかった。
シーラやスカーレットなど、俺の周りにいる育ちのいい女性たちは仕草の一つ一つがとにかく上品だ。
『つまりこういうことか? ――【ダーククロニクル】』
俺は同じ魔法をつかった。
小さい俺の姿が召喚される。
その小さい俺は「子供シーラ」と違って、「小さい俺」だ。
俺は「リアムの子供時代」は知らないから、今の自分がそのまま小さくなったようになってしまった。
その小さい俺に命令をだす。
小さい俺はその場で座った。
地べたに座ってから、膝を抱える。
そして立った。
立って、お尻に土がついたという想定でそこをポンポン払った。
座って、膝を抱える。
立って、尻を払う。
座って、膝を抱える。
立って、尻を払う。
これを繰り返した。
シーラがしようとした上品な仕草は想像つかないから、想像のつく範囲で「ちょっと複雑な動き」をした。
「ええ、そういうことですわね」
『なるほどな』
「作ったあなたは完全に習得している状態のはずですから……完全習得なら複雑な命令もできますの?」
『厳密にはちょっと違う』
「あら?」
『完全に習得すると、なんだろ……自分そのままで動かせる、というか』
「ふむ?」
『命令がどうこうじゃなくて、例えば今の状態だと頭が二つ、腕は四本で足も四本、みたいな状態っていうのかな』
「つまり……あらかじめこうしろ、随時何かをする様にさせているってことですの?」
『そうそれ』
さすが、と思いながら、俺は「小さい俺」の動きを止めた。
立ったり座ったりさせるのをとめた。
一方で、となりで「子供シーラ」が立ったり座ったりを依然として繰り返していた。
『シンプルな命令をだして、延々と繰り返すのと、随時? に何かをさせるの両方ができる様になる』
「一長一短ですわね」
『たぶん想像しているよりももっとそうだ』
「あら?」
『【ダーククロニクル】――7連』
もう一度魔法を唱えた。
七人の「小さい俺」が追加で作り出された。
その七人の小さい俺を立ったり座ったりさせた。
そして、最初の小さい俺を立ったり座ったりして、追加膝を抱えて尻を払わせた。
二組の小さい俺に違う行動をさせた。
『見ての通り、数を召喚してシンプルな動きを繰り返させるか、少ない数で細かい動きをさせるかの使い分けができる』
「いいですわね、これ。数多く作り出して、『前進し敵がいたら攻撃』と命じればいいですわね」
『そうだな』
「細かい操作を複数ではできませんの?」
『ちょっと難しいかな。同時魔法と似たような感じだけど、たぶん同時魔法の上限数の十分の一以下になる』
「あなたでさえそうなら……現実的ではありませんわね」
『そうだな。それをやりたかったら【契約召喚】か【盟約召喚】の方が現実的だと思う』
「ですがそっちでは今回の目的には相応しくありませんわ」
『そうだな、似たような効果の魔法はそりゃたくさんある。単に暗いところを明るくするだけでも、【ライト】が一番だが【フレイムカッター】でも代用できないことはない。魔法はたくさん覚えた方がいろいろ応用がきく』
「ふふっ」
シーラはわらった。
急に、何かおかしそうな者を見てしまったかのような感じで笑い出した。
『どうしたんだ?』
「いえ、とんでもない事をおっしゃってるな、と思っただけですわ」
『とんでもない事?』
「ええ、確かにあなたのおっしゃる通り、魔法をたくさん覚えた方が応用がきく。それは正しい、何も間違ってはいませんわ」
『ああ』
だろう? という感じで相づちをうった。
何も間違っていないのなら、じゃあなんで急にわらったんだ? とより不思議におもった。
「なにも間違いはありませんが、息をするように魔法を次から次へと習得出来るのはこの世であなたくらいですわ」
『あっ……』
そういうことか、と、俺は微苦笑するのだった。