423.ジュニア
あくる昼下がり。
シーラは午前中ずっと政務をこなしていた。
魔王のしもべと自称してはいても、そこは生まれながらにしての貴族。
部下の報告を聞いて、判断して、指示をだす。
その姿が実に堂に入っていた。
政務をしてるということはつまり、俺の出る幕がないと言うこと。
シーラが政務を執り行っている間は、俺はずっと黙っていた。
それが一段落して、大臣らが退出して、入れ替わりに使用人がやってきて「食事の準備が調いました」と言った直後。
「今日は静かですわね」
と、シーラが俺に向かって話しかけてきた。
『え? 賑やかだったと思うけど』
「あなたの事ですわ、一言も喋らなかったではありませんの」
『ああ、そういうことか』
俺の事を指しているとは思ってもいなくて、その事を指摘されてつい苦笑いしてしまった。
「何を考えてたんですの?」
『別になにも』
「うそおっしゃいな」
『ん?』
「あなたがずっと上の空で、いえ、別の何かをずっと考えていたのは雰囲気で伝わってきましてよ」
『そんな事まで分かるのか』
「あなたと繋がっているからですわ」
『なるほど』
そういうものかもしれない、と納得した。
俺は質問に答えることにした。
『ラードーンの事を考えてたんだ』
「あら」
シーラは意外そうに、口元に手をあててクスッと笑った。
「意外と悪い男ですわね、あなた」
『え?』
「一緒にいるときに、上の空で他の女の事を考えるだなんて、最低の男ですわ」
『え? あ、いや、その……』
「くすっ。ただの軽口ですわ」
『あ、うん』
「こういうのも苦手なんですのね」
『そうだと思う』
「珍しいですわね。この手の言葉遊び、貴族の男ならそこそこできるのが普通ですのに。あなたらしいといえばあなたらしいのですけれど」
シーラは心底意外そうな顔をした。
貴族の男ってそういうものなのか、と俺もちょっと意外に感じた。
リアム・ハミルトン。
この男は確かにシーラの言う通り貴族の男だけど、中身の俺はそのリアムになってまだ間もない。
すくなくとも「貴族の男」として育っていない。
貴族の男が普通に出来る事はまだ出来ないままだった。
「それよりも、神竜様の何をかんがえてらしたの?」
『せっかくだし、ラードーンっぽいことをもっとしようかなって』
昨日の話の続きだった。
オリジナルの俺とラードーン。
それと似たような関係と立ち位置の、シーラと魔剣リアム。
その関係をもっとなぞって、ラードーンっぽい事をやろうと不意に考えた。
それで午前中いっぱい、シーラが忙しくしているのをこれ幸いにと、その事ばかりを考え続けていた。
「あら、そんな事を考えてらしたの?」
『ああ』
「どうしてですの?」
『ラードーンの真似って、言葉でいうと簡単に聞こえるけど、あのラードーンと同じことをするのってとんでもなくすごい事だと思う』
「そうですわね」
『で、俺が何かをやるとしたら魔法でやるしかない』
「それもすごい事ですわね」
『なんでもできる魔法の力でラードーンを真似る、大げさにいえば奇跡をおこしたり壁とか限界とか乗り越えたりする。そういうことをやるってことだって今朝くらいに気づいて』
「それで考えてたんですのね」
『ああ』
頷く俺。
しょうもない話といわれればそれまでだが、その事を思いついてしまったために、今はそういう気分だ。
「それで、何か思いつきまして?」
『思いつくってレベルじゃない』
もしも魔剣に憑依していなくて、生身の体だったら俺は肩をすくめて苦笑いしただろう。
『ラードーンはすごすぎる、魔法以外の何から何まで俺より遙かに上だから、思いつかなくてもやれる――課題って意味でやれることは山ほどある』
「とはいえそこそこのことを真似ても意味がありませんわ」
『そりゃそうだ』
「神竜様は七日間で世界を征服しましたわ。それを再現するのは?」
『むちゃいうな』
俺は苦笑いした。
どうやら過去に、ラードーンは七日間で世界を征服したと歴史に残っているらしい。
本人に確認してみたら「そんなこともあったっけ」くらいの軽いのりだった。
『七日間で世界征服……何から手をつけていいのかも皆目見当つかない』
「シンプルに世界征服だとどうでしょう?」
『シンプルに世界征服? ……………………どうなんだろう、やれそうなむりなような』
シーラの質問を考えてみた。
七日間じゃなくて、時間制限無しで世界征服。
ラードーン、デュポーン、ピュトーン。
あの三人と同等の存在があとから出てくるのでも無ければ、色々工夫して死ぬ気でやればなんとか?
……いやいや無理か。
さすがに「俺一人」では無理がある。
『やっぱ難しいと思う』
「他にほどよいものがありまして?」
『うーん、ラードーンがやってたこと、か……』
実の所、ラードーンは俺を「観察」してきたから、ラードーンがやってきたことと言われるとちょっと難しい。
強いていえば。
『ラードーンジュニア? とか』
「あら、いいじゃないですか、それ」
『え?』
「リアムジュニア、作ってみたらいかがです?」
『リアムジュニア……』
シーラの提案というか、指摘というか。
それがちょっと面白かった。




