420.マリオネット
『ならそうしよう』
シーラの提案に乗っかることにした。
彼女は俺の魔法を多く見られるということをメリットだといってくれたけど、実際の所俺にとってもメリットだ。
色々とやってきて、何となく分かってきた。
何も起こらず、日常を漫然と過ごしているだけじゃ新しい魔法をかんがえつくことがほとんどない。
そもそも、俺は魔法のあれこれができるってだけの男だ。
何も起きていない状況だとまずは「課題を考える」ということをやらないといけない。
その課題を考える能力が俺にはない。
だから実際に何か起きてもらって、自然にできた課題に魔法で何とかするのを考える――のが一番だ。
だからシーラが望むそれは、俺にとっても自然に魔法を考える状況が増えるということでもある。
俺にとってもメリットのあることだ。
「楽しみですわね」
『俺もだ――あ』
「どうしたんですの?」
『これは……引っかかったな』
「ひっかかった?」
『ああ』
俺は意識を集中させて、念の為に探らせた。
やっぱり間違いないようだ。
『実は密かに魔法を展開してて――警戒してたんだ』
「警戒ですの?」
『ああ。【ドラゴンスレイヤー】を喰らったときって、いわばあれ奇襲されたから喰らったという要素が大きい』
「そうでしょうね」
『だからああいうことが起きないように、一定以上の力をもった人間がこの街に入ってきたら分かるように警戒の網を張ってたんだ』
「そんな事をしてたんですの?」
シーラは驚いた。
『ああ』
「ずっとですの? しかも街にはいったらということは、街全体を覆う何かということですわよね」
『そうだ』
「……すごいですわね」
驚きの表情が、感嘆するそれに上書きされる。
「常時それをしていたらかなり魔力を消耗するでしょうに」
『鍛錬にもなるからな』
「そういうことではないのですけれども……まあいいですわ。それよりも、侵入者はどこでどんな感じですの?」
『あっちの方角で、民家に入ってじっとしてる』
「戦闘は起きてまして?」
『いや、ない』
「でしたら、街に侵入する手引きをするものがいましたわね。そういう者でしたら入り口の検問でそれなりにひっかかるはずですもの」
『そうだろうな』
俺はまた探った。
『数は四人か、少ないな』
「いいえ、妥当ですわ」
『え?』
「ジャミールか、キスタドールか。どっちなのかは分かりませんが、将と兵ですすめる戦ではなく、勇者か英雄で侵入する『魔王討伐』にきりかえたんですわ」
『あー……そういう感じか』
俺は納得した。
シーラがいう勇者と英雄による魔王討伐というのを、酒場の吟遊詩人とか語り部とかからよくきくヤツだ。
そう言うのなら……確かに妥当な数だ。
「それなりの力をもった者でしょうけど、分かってしまえばさほどの脅威ではありませんわ」
『そうだな。力も――シーラなら普通に返り討ちに出来る程度だ』
「それもわかりますの?」
『ああ。シーラの力を100だとして、向こうは四人合わせて80ってところだ』
「苦戦……はさほどしませんわね、それでは」
『各個撃破すればたいした問題じゃないな』
そういって、俺は少し考えて、聞いてみた。
『どういう倒し方が一番なんだ?』
「どういう意味ですの?」
『これもなにか「恐怖」に繋がった方がよくないか?』
「そうですわね……」
シーラは思案顔になって、考え込んだ。
数十秒ほど考えて、俺の質問に答える。
「ありきたりな所ですと、そもそもわたくしの所にすら辿りつけず、『魔王の手下』に返り討ちされるのが効くと思いますわ」
『なるほど、じゃあアスナとかに頼むか』
「いいえ、あの方もそこそこ名前がとおっている、実力者として認識されているはずですわ。せっかくですから、手下も手下――門番クラスすら突破できないのが効くと思いますわ」
『なるほど』
そう言われて、俺は納得した。
それで少し考えてから、シーラに確認するようにきく。
『名前がとおってないほど効く――んだよな』
「ええ、その通りですわ」
『だったらいい考えがある』
「あら? もう思いつきまして?」
シーラは楽しげに笑う。
『ああ』
「どんな感じですの?」
『名前がとおってない――そもそも名前もないのがもっと効くんじゃないかっておもうんだ』
「名前もない……具体的には?」
『例えば――』
俺は【アイテムボックス】を唱えて、中から魔導戦鎧を一セットとりだした。
予備としてストックしてある魔導戦鎧、装着する前は廊下とか部屋とかに、調度品として飾れそうな感じの「鎧」だ。
『まずは強引にやってみせるぞ』
「ええ」
応じるシーラに見せるように、魔導戦鎧に【マリオネット】の魔法をかけた。
生命のない物体を、さながら糸人形の如く操る魔法だ。
すると、鎧はだれも着ていないのにもかかわらず動き出した。
中にまるで透明な人間が着ているかのように、各部がスカスカのまま、人型になって動き出した。
「それは――すごく効果がありそうですわ」
これだけで全てを理解したようで、シーラはまたにやりとわらったのだった。