418.屁理屈ウイナー
「……失礼しました、おっしゃる通りでしたね」
ローニンはそういい、あらためて、って感じの顔をした。
「この戦では、今までの戦にはなかったような損害、あるいは犠牲がでております」
「ええ」
「教会側としては兵をおさめていただきたく思います」
「当然の要望ですわね」
「いかがでしょう、このあたりで一度交渉のテーブルに着かれては。もちろんただでとは申しません、大公陛下のご要望は最大限前向きに検討するとのことです」
「うーん」
シーラは頬に手をあてて、思案顔をする。
こういった交渉の場には似つかわしくない仕草だなとおもった。
「兵をおさめる事自体はべつによろしいんですのよ?」
「では――」
「これは全くの優しさから申し上げるのですけれど――本当によろしくて? と」
「……それはどういった意味でしょう」
ローニンは眉間に深いしわをつくった、困惑しきった苦い顔で聞き返した。
そんな顔になるのも分かる。俺も楽しんでいる側だけど、シーラの意図がよく分からない。
優しさからと前置きをしておきながら、その次の言葉が本当に兵を引いていいのか? という半ば脅しのような言葉。
意図がよく分からなかった。
シーラはすぅ、と目を細めて、いった。
「わたくし、裏切りは一度でも許さなくてよ?」
「と、いいますと」
「魔王様は実にお優しい」
シーラはくすくすと笑いながらつづけた。
「停戦交渉後のだまし討ち、同盟後の破棄、それらは全て許してこられました」
「それは……しかし、それなりの理由が」
「あら、わたくしがそれを否定していまして?」
「……」
「わたくしはただ、魔王様はお優しい、ともうしあげただけですのよ?」
「……」
ローニンは黙り込んでしまった。
お前のいう事は否定してない、といわれたら反論しづらいようだ。
「魔王様に比べればわたくしはとても心が狭いという自覚がございますの。たとえば停戦後、現場の暴走などでそれが破られた場合――」
「場合?」
シーラは笑顔のままだった。
笑顔だけど、目はまったく笑っていないような、そんなタイプの笑顔。
それはかなりの威圧感を伴ったタイプの笑顔。
それを感じ取ったからか、ローニンからは「ごくり」と生唾をのんだような、そんな声が聞こえてきた。
「皆殺し、ですわ」
「お、お待ちください、そうなった現場にもそれなりの理由がございましょう。それをいきなり全て――」
「大司教猊下はすこし勘違いをしておられますわ」
「――え?」
「いいえ、この場合は私の言葉足らずが問題ですわね」
「ど、どういう事でしょう……」
ローニンがますます焦っていく。
シーラが完全に主導権を握った、そんな感じに見えてきた。
「現場ではありません、ジャミール王国の皆殺しという意味ですわ」
「なっ――」
「比喩ではありませんのよ?」
シーラは可愛らしい、無邪気な年頃の少女のような顔でいった。
「ジャミール王国の人間を皆殺しにしますわ。たしか今、公的な記録では国民は314万余人ほどでしたわね。多少骨は折れますが、できない事はありませんわ」
「………………お、お待ちください!」
シーラの言葉がよほどショックだったのか、ローニンはたっぷり固まったあと、どうにか、って感じでシーラに食い下がった。
「それはいくらなんでも」
「ええ、ですから」
「え?」
「本当によろしいのですか? とお聞きしていますの」
「……」
「わたくしは裏切りは許しませんわ。ですが、ただ敵対しただけであればまだ許せますわ」
「ただ、敵対」
「徹底抗戦ならばべつに皆殺しにしようとは思いませんわ。ジャミール王が民のことを思うのであれば」
「で、あれば?」
「120%停戦後の裏切りはないという確信がなければ、最後まで抗って私に首を刎ねられる。その形ならば民にわたくしの矛先が行く事はありませんわね」
「……大公陛下はわたくしをからかっておいでですか?」
「あら」
ローニンは顔がこれでもかってくらいに強ばっている。
一方のシーラはきょとんとして、さも心外そうだといっているような顔だ。
「わたくしは変なことは言っていないつもりですわよ。猊下はわたくしを魔王様一派とみなしてこちらへ来られた。それが正しいかどうかは議論しません、しかし猊下同様にジャミール側もそう思っているのは確実でしょう」
「……」
「であれば、ジャミール側が今まで魔王様にして来たことを私にもするであろうと推測するのはそんなにおかしいことでして?」
「それは……」
「そしてわたくし個人の性格として、裏切りは絶対に許さない、という話もそんなにおかしいことでして?」
「…………」
ローニンは言い返せなかった。
シーラの言葉、その一つ一つを分解すればおかしくはないのだ。
もちろんつなげれば多少のおかしさは出るが、それをシーラは「屁理屈」で押し通そうとしている。
「そもそもが自業自得でしてよ」
「自業自得……でございますか?」
「ええ。リアム=ラードーンを魔物の国と見下し、道理にそぐわないことをし続けてきた報いですわね」
「……」
「改めて聞きますわ。わたくしは交渉成立後の裏切りは一切許しません。それでもテーブルにつかれます?」
ローニンは黙り込んでしまった。
その顔に、深い苦悩の色が見える。
シーラの屁理屈の完勝だというのがわかっておもしろかった。