417.屁理屈リターンズ
あくる日の昼下がり、シーラの屋敷。
シーラが執務をして、俺がその横で【アナザーワールド】の土地を作り続けている。
それぞれがそれぞれのことを没頭し続けている中、ドアがノックされ、若い男の使用人が入ってきた。
「なんですの?」
「陛下に書状でございます」
「書状?」
「教会から届けられたものです」
「あら?」
シーラは意外そうな顔をして、手が止まった。
俺の手もとまった。
『教会って……たしか……』
「ええ、魔王様とジャミールの停戦をつないだ者達ですわ」
シーラがこたえる。
もちろん世間的にはもっと違う意味を持つ存在だが、俺――リアムにとってはその一件が一番ふかく関わった相手だ。
シーラは使用人の男から書状をうけとって、封を切って中身を取り出した。
少しの間、それに目を通した後、クスッと笑った。
「あらあら」
『何がかかれてたんだ?』
「ローニン・カーディナルがわたくしと会いたいそうですわ」
『ローニン・カーディナル……聞いた事があるような』
「大司教ですわ」
『ああ!』
魔剣の姿だが、感覚的には「ポン」と手を叩いた感じだった。
ジャミールとの交渉の時に出張ってきたあの男か。
『その人が会いたいって言ってるのか』
「ええ。時間も場所もわたくしの都合にあわせるといってますわ」
『あうのか?』
「あいますわ」
シーラはにこりと微笑んだ。
「何を言い出すのか興味ありますもの」
『なるほど』
まるでいたずらっ子のような表情を浮かべたシーラ。その場でささっと手紙を書いて、それを封筒にいれて、蝋で封をしてパルタ公の印章をつける。
それを使用人に手渡して、手紙を持ってきた相手に渡すようにいいつける。
返事までに数分程度しかかからなかった。
手紙を実際に書く時間を引いたら、シーラの判断は文字通り「一瞬」だった。
その一瞬でどう判断したのか、俺はとても気になった。
☆
その日の午後だった
シーラの屋敷にローニン・カーディナルが早速やってきた。
ローニンは前にあったときと同じような正装で、かつ、似たような格好の部下を数人引き連れてきた。
シーラはその部下たちを別室で歓待するように使用人に言いつけて、俺をもったままローニンと応接間にはいった。
立派な作りのソファーとテーブル――応接セットで向き合って座るシーラとローニン。
「新たなるパルタ大公陛下にお目にかかれて光栄でございます」
「この立場になってからでははじめてですわね」
シーラがそういい、俺は密かに驚いた。
が、シーラは元々キスタドールの十九王女だ。
継承権の順位は低いがれっきとした王女、王族である。
なら昔あったことがあっても何もおかしい事は無い。
「本当に本日いらっしゃるとは、驚きましたわ」
またしても俺は驚いた、シーラの言葉に驚いた。
手紙を返した直後、その日のうちにローニンが来たことに驚いていたが、それを指定したのがシーラだったということに二重に驚いた。
「お時間を頂戴できて光栄です」
「そう。それで、わたくしになんの用ですの?」
シーラの表情から笑みが消えた。
からかい混じりの言葉がいなされたことで、真剣に向き合うことになったようだ。
そんなシーラに、ローニンは温和な口調で切り出す。
「ジャミール王国の一件で参りました」
「あら」
「結論からもうしあげますと、今すぐ矛を収めて頂ければとおもっています」
「そう。まあ、当然の要求ですわね」
シーラは平然とそういいはなった。
「ですが、そのつもりはなくてよ」
「ジャミール王国とリアム=ラードーンの間には契約が結ばれております」
「ええ」
「ですので――」
「それがわたくしになんの関係がありますの?」
「――と、いいますと?」
「あら、意外ですわ」
「意外?」
「わたくし、大司教猊下をとても謹厳実直な方だと思っていましたけど、お冗談も嗜みますのね」
「もうしわけありません、何をおっしゃっているのか」
「あるいはわたくしに契約の初級講義を求めるおつもりでして?」
「……」
ローニンは口をつぐんでしまった。
「ジャミール王国とリアム=ラードーンの間に契約があります、ええ、存じ上げておりますわ。しかしここはパルタ公国、そしてわたくしはシーラ・オーストレーム。その契約がわたくしにどのような関係がありますの?」
シーラはそういい、ローニンは微かに苦い顔をした。
『……あっ』
ふと、ある事にきづいた。
思わず声が――シーラにだけ聞こえる声をもらした。
シーラは俺にむかっていたずらっぽい笑みを向けてきた。
これは――屁理屈だ。
ここ最近シーラが使わなくなった、貴族同士の屁理屈だ。
確かに理屈ではそうだ。
契約はあくまで魔物の国リアム=ラードーンとジャミール王国の間で結ばれたもの。
その契約にシーラはまったく関係ないが。
だが実際は、シーラには俺がついている。
俺がめちゃくちゃ深く関わっている。
まったく関係ないとは、誰の目から見ても言えない事だ。
でも、表面上は関係ない。
その屁理屈をシーラは押し通そうとしている。
俺は、久しぶりにシーラが並べるであろう屁理屈の先がとてもきになって――有り体にいえばワクワクしたのだった。