416.理解できる嬉しさ
壁紙を一番近くの家の壁にはった。
ドアの紋様が壁に張られたことで、ますますドアがましく見えた。
『つぎは、彼から血を一滴もらおう』
「血を?」
『ああ、この魔道具と契約する感じだ』
「あら?」
俺のオーダーに、シーラは意外そうな顔をした。
「わざわざそんな事をさせるんですの? あなたにしてはまどろっこしいやり方ですのね」
『持ち主を守るため――だと思ってる』
「どういう事ですの?」
『魔法にありがちな「契約」って形になるだろ? 血を使うってのは』
「ええ、そうですわね」
シーラは即答する。
魔法関連の契約で血を使うのはよくあることで、彼女もそれを知っているようだ。
当然、俺もよく知っている。
『こういう形にすれば、持ち主以外無理矢理入ろうとしたり、奪ったり盗んだりしようとは思わなくなるだろ?』
「盗まれないように魔法の何かをかければよいのでは?」
『それだと「殺して奪う」まではカバーしにくい。奪う前に持ち主をまず――ってのはたまにある話だ』
「なるほど、確かにそれなりに聞く話ですわね」
『そういうわけだから、あえて血を使う契約にした。それなら「奪える」とは思わないだろう』
「さすがですわね」
シーラは笑顔でそう言ってから、少年の方を向いた。
「今からこの魔道具と契約をさせてあげますわ」
「え? あ、ああ……?」
「血を一滴下さいませ」
「血? 血を……どうやる、んですか?」
「指先を少し切って一滴搾り出すだけでよろしくてよ」
「あ、ああ」
「早くしなさい」
村長が少年を急かした。
少年とちがって、権力者と向き合う経験のある村長は、同時に権力者を怒らせたらどうなるかというのも経験しているようで、今もシーラを不機嫌にさせないように一生懸命になっている。
少年には、シーラがどれほどの権力者なのかはわからないが、村長が一番身近な権力者なのは間違いない。
こういう時シーラよりも村長の命令の方がダイレクトに届く――というのは。
辺鄙な農村でそれなりに目にする光景だ。
少年は慌てて、爪をたてて人差し指の腹を裂いて、血を搾り出した。
搾り出した血がぷくー、と雫になってでると、俺は魔力でそれを受け取った。
「ああっ!?」
少年からすれば自分が搾り出した血が、何かに吸われるかのように宙に浮かんだのだから、驚いて悲鳴のような声をあげた。
俺はそのまま、血を壁紙の中に押し込んだ。
壁紙から「無駄に大げさな」魔法陣が出現して、血を取り込んだ。
「なるほど、演出も過剰にしたんですのね」
『ああ』
しばらくして魔法陣が収まって、壁紙はただの壁紙のようになった。
『もういいぞ、彼に中に入るようにいってくれ』
「あなた、そのドアを開けて中にお入りなさい」
「え? でもこれ――」
「陛下の言う通りにしろ!」
「わ、わかった!」
また村長にせっつかれて、少年はおそるおそる壁紙に近づき、「描かれているドア」に手を伸ばした。
絵であるドアに手を伸ばして、そこに入れなどという常識ではないことに戸惑う少年だが、触れた瞬間ドアが内側に開いた。
驚く少年、そのまま中に入る。
俺も中に入った。
シーラは入ろうとしなかった。
入らないのか? ――と聞こうとした瞬間。
「へ、陛下は?」
「魔王様の創造物ですのよ? 契約者以外は――例えわたくしでも入れませんわ」
「は、はあ……」
なるほどといい、曖昧に納得する村長。
一方で俺はものすごく感心した。
俺がやったのは「契約者以外入れない」という演出。
俺=魔王が入れるのはいいが、魔王のしもべ、人間であるシーラは入れない。
俺のやったことを更に上手く演出したシーラ。
魔法を作る事にかけてはシーラより遙かに上だけど、応用することにかけては彼女の方が一枚も二枚も上手のように感じた。
一方で――。
「こ、ここは」
一緒に中に入った少年が驚愕した。
意識をこっちに向けると、少年は広い「土地」を前に目を丸くさせていた。
壁紙のドアの中、【アナザーワールド】を応用した異空間。
その空間の中にあらかじめ土を取り込んで敷き詰めて、広い畑にしていた。
広さ・面積でいえば、俺の経験から「労働力ほしさに子だくさんの農家」を想定し、十人家族を食わせられる程度の作物が取れる程度の広さにした。
その広い畑を前に少年は困惑し、やがておずおずと外に出た。
俺も一緒に出た。
「あ、あの……」
「それをあなたにあげますわ」
「ええっ!?」
「その土地を好きに使いなさい。ただし使えるのはあなた。そして誰にも譲渡してはなりません。よろしくて?」
「え、ええ――その……」
「こらっ! 早く陛下にお礼を言わないか! 陛下はお前に土地を与えたのだぞ!」
「――っ! あ、ありがとうございます!」
土地を与えた。
その一言で少年は目を輝かせて、平伏してシーラに感謝の気持ちを伝えた。
魔法の事は何一つ分からない、それ所かシーラのすごさもたぶん分かっていない。
それでも、権力者からの「土地を与える」という事は理解できたようで、少年は呼び出されてからで一番嬉しそうな顔をした。




