414.とんでもないこと
ある昼下がり、とある農村の中。
俺はシーラとともに、とある農村にいた。
シーラは純白のバトルドレスといういつもの姿で、俺はその腰に提げられている。
さらには俺達の背後に十数人程度の兵が付き従っている。
それだけ見れば、部隊を率いる凜々しい女騎士って感じの姿だった。
農村の入り口で、年かさの村長が俺らを出迎える。
「た、大公様がお見えとは知らずに、申し訳ありません」
「気になさらないで結構。今日はただの視察ですわ」
「わ、私達になにか不手際がありましたでしょうか」
「ありませんわ」
シーラはけろっと答えた。
「一般的な農村の風景を見たいだけですの、ですので、一切何もする必要はありませんわ」
「わ、わかりました。少々お待ちください、すぐに用意を――」
「お待ちなさい」
村長が何かをしにかけ去ろうとしたが、シーラがそれを呼び止めた。
平坦な口調だが、逆に突き抜けて底冷えする様な口調だった。
村長はピタッと止まって、凍りついてしまったかのように体が強ばった。
「何もしなくて結構ですわ」
「は、はは、はははい!」
村長はガタガタと震えだした。
最後のは軽く脅しになっていたようだった。
たぶんだけど、いや間違いなくか。
村長は全力でシーラをもてなそうとしたんだろう。
彼の立場からすれば、やってきたシーラの機嫌を損なわないようにもてなそうとするのは当然の発想だ。
シーラの立場からしても、普通なら別に受けても問題ないのだが――今回ばかりは違って。
「ではいきましょう。どこから見て回りますか?」
村長を置いて、シーラは小声で俺に言った。
今回の目的はシーラではない、俺が見たいものがあるからここにきた。
ちゃんとした目的があって、見たいものがあってそれを見に来ている。
だから接待なんて受けてる場合じゃない。
俺はシーラの質問を少し考えて、答えた
『適当に回ろう』
「適当でよろしいんですの?」
『ああ』
「わかりましたわ」
シーラは応じて、俺を持ったまま歩き出した。
シーラの後ろから十数人の兵士、そしてまだあわあわしている村長がついてくる。
それらを引き連れて、村の中を見て回った。
男も女も。
大人も子供も。
老若男女問わず、村人達は農作業をしている。
俺達の姿を見て何事かとちらちら見てくるが、その度に村長が「なんでもない普通にしててくれ」といった。
そんななか、シーラと一緒に見て回った。
村をみた。
畑をみた。
農作業してる村人をみて使ってる農具とかをみた。
一通り見た後、シーラがきいてきた。
「どうですの?」
『そうだな……』
「何か難しいことがありまして?」
『いや、そんなことはない。むしろ逆だ』
「逆?」
『新しい魔法――魔道具、要するにアナザーワールドの中に持ち主だけが入れて、そこにそこそこの畑があるって感じにしたいんだ』
「そうですわね」
『それで農民達、いわば現場は実際にどうしてるのかを見て何か足したりするものがあるのかをみてたんだけど、ほとんどなかった。この感じなら何も問題なく作れる感じだ』
「それはいい事ではなくて?」
『いい事なんだが……』
なんだか物足りなくて、と、その言葉がのど元まででかかった。
作るには何か難しい所があって、それを乗り越えた先に新しい魔道具ができた、的なのをちょっと想像してた。
そうはならなくてちょっと物足りなかった。
物足りなさだけを解消して、達成感だけがほしいのなら簡単だ。
何から何まですごくすればいい。
例えば土地は、土は何もしないで作物を作り続けていくと徐々に痩せて行く。
そうならないようには、無限に作物をつくっても痩せない土地にすればいい。
だけどたぶん、それだとシーラの要求に合わない。
すごすぎるのはダメだ。
それでいいのなら、水車小屋の代わりに回転の精霊じゃなくて、例えば麦を入れたら粉になってでてくるみたいなものを作ればいい。
そうじゃないから今ちょっと困ってる。
「一応、確認なのですけれど」
『ああ』
「異空間に、作物が育つ広い田畑、というものは作れるんですのね?」
『それは問題なく』
「であればよろしいのでは?」
『そうなのかな』
「あなたの口ぶりからある程度のことは想像できますが、そもそもそれがすごい事なのですわよ?」
『すごい事?』
「ええ、あなたは見落としているようですけれど……」
シーラはにこりと笑う。
「この世の田畑には限りがありますの。土地そのものもそうですけれど、開墾にてきした土地は限りがあって、大体がもうされた後ですの」
『ふむ』
「あなたのそれはいわば『限界から先』を生み出しているんですのよ? 既にとんでもないことですわ」
『そういうもんか』
俺は少し考えた。
本当そうなのかと考えた。
『だったら』
「ええ」
『持ち主にしか入れない土地、肥料や種籾は当然持ち込み自由、天気はアオアリ玉とかを流用して晴れと雨を自由自在にコントロールできる。こんな所でいいかな』
「……」
作りたいものを要点をあげていくと、ふと、シーラがあきれ顔になっているのがみえた。
『どうしたんだ?』
「気づいてませんの? あなたとんでもないことをおっしゃってますのよ?」
『とんでもないこと?』
「気候を自在に操れるとおっしゃいましたわよね」
『ああ。【アナザーワールド】の中だし、そうしないと作物が育たないだろ?』
「気候を自在に操れる農業……それ自体がとんでもないことですわよ?」
シーラは更にあきれ顔で言ってきたのだった。