413.土地の生産
とある昼下がり、リビングの中。
シーラは俺を横に置いて、メイドの給仕を受けてティータイムを楽しみながら、何かを読んでいた。
ついさっき届けられた報告書の様なものを読んでいる。
「ふふっ」
一通り読み終えたシーラはクスッと笑った。
それをうけて、メイドは不思議そうな顔をした。
シーラはそのメイドを無視した。
俺はシーラが笑った理由が気になった。
『なんて書いてあったんだ?』
「ジャミール王国が仕掛けてきた内容ですわ、魔王様」
シーラがそう言い、メイドはきょとんとなった。
俺も不思議に思った。
魔王様――つまり俺に話しかけているのに、メイドが怯える素振りはまったくない。
怖くないのかな? と不思議に思った。
そんなメイドにシーラは「ご苦労」とねぎらい、メイドはしずしずと頭を下げて、リビングから出て行った。
メイドが出て行ったあと、俺は更に聞く。
『何を仕掛けてきたんだ?』
「切り崩しですわ。要約をしますと、こちら側の領内で魔王に手を貸したままでいいのか。と呼びかけているんですわ」
『なるほど』
「魔王に好きにさせていいのか、人間の誇りを忘れたのか、とか。そのような理屈ですわね」
『それは効きそうだな』
「いいえ」
シーラは笑った。
綺麗に「鼻で笑った」。
俺の感想である「効きそう」がまったくもってあり得ないといわんばかりの反応だ。
俺は驚き、聞き返した。
『そうなのか?』
「ええ、彼らはまったくのおバカですわね」
『おバカ』
シーラの言葉をなんとなくおうむ返しに繰り返してしまった。
強い言葉で何か言われるよりも、こんな感じの「おバカ」の方が本当にバカだと思っているし、呆れている感がより伝わってきた。
『なにがダメなんだ?』
「民は豊かにさえしてくれれば、統治者が誰であろうと気にしませんわ」
『……ふむ』
「問題なく食べていられるうちは、そのような扇動では一部の暇をしている人間しか動きませんわね」
『暇をしてる』
「人類全てのことを考えたり、国家百年の計を考えたりするような暇人ですわ」
『なるほど』
シーラの言い分は……何となく分かる。
正直そうだと俺も思う。
言われて、そうだなと思った。
魔王に支配されて悔しくないのか? と言われたとしても、その魔王の統治で腹を空かせることなく食っていけるんならそれでいい。
人間の9割、あっちこっちの村で畑を耕している人間からしたら魔王の統治かどうかよりも、今年の日照と降雨の方がよほど大事なことだ。
そういう意味では、帰順した町や村に水車小屋の代わりになるジャイロを配ったシーラの方が民に好かれるのは間違いない。
それをうけて、俺は少し考えた。
考えて、それが形にまとまる
『……つまり』
「なんですの?」
『日々をつらくないレベルで暇じゃなくして、その上で毎日お腹いっぱい食えるようにすればいいのか』
「理屈ではそうですわ」
『そうか……』
「何かを思いつきまして?」
シーラが聞いてきた。
まっすぐにこっちを向いて、真顔で聞いてきた。
理屈ではそれが一番いい、と自分で認めたように、それが出来るのなら統治が更に盤石になる。
だから何かを思いついたと感じた俺に真剣に聞いてきた。
『前からずっと思ってたことがあるんだけど』
「何ですの?」
『実際見てもらった方が早いな。【アナザーワールド】』
俺はそう言い、魔法を唱えた。
リビングの中に空間の裂け目ができた。
シーラと一緒に中に入った。
広大だが何もない空間に二人ではいった。
「ここがなんですの?」
『ゲームブックと同じような感じで、この空間が畑だとしたら?』
「…………あら」
少し間が空いてしまってからの反応だが、その分興味が惹かれているシーラだった。
確実に興味を持っている、そう感じた俺は更に続けた。
『土地って、余ってるようで足りないんだ』
「余っていませんわ。統治者目線では常に足りていませんの」
『そうなのか?』
「ええ。自分で使うにしろ、恩賞で与えるにしろ。まったくもって足りませんわ。だからこそ常に戦をしたり、あるいは取り潰しをしたりしなければなりませんの」
『ああ……ジャミールの三代ルールはそこからきてるのか』
「そうですわね。三代すぎても何もしない貴族から領地を取り上げれば、その分の土地を新たに功績を挙げた人間に配れますわ。功績がなくても懐柔に使うこともありますし」
『なるほどな』
そう考えると確かに足りないんだろうなと理解できた。
俺は更に自分の考えを話した。
『この【アナザーワールド】を更に調整して、魔道具にする。持ち主かその家族か、それくらいしか出入りできないようにして、更に一年通して中の気温とかが安定するようにすれば』
「冬でも関係なく作物が作れて忙しくなりますわね」
『その分豊かになる』
「そうですわね。それは本当にできますの?」
『ああ、一つ一つは簡単なことだ。農民レベルでもなんなく使えるようにするには時間がいるし、そんなに一気に大量につくるのは難しくなってしまうけど』
「それは問題ありません、むしろ好都合ですわ」
『好都合?』
「ええ、競わせるのですわ」
『競わせる?』
「例えば村で一年通して多くの作物を作れたものに与える、とか」
『なるほど、それなら少なくていいし。それに旨みを知った人間はしゃかりきにはたらくな』
「ええ」
『わかった。すぐに作る』
「すぐに作れるのがすごいですわね」
方向性は纏めた。
ジャミールの仕掛けに対するカウンターで、もう少しシーラの統治を盤石なものにするべく魔法を改良する事にした。