412.王国の屁理屈
玉座の間。
いつものようにダブル玉座に座る俺とシーラの前にいるのはいつもじゃない顔。
単身で謁見して、完璧な所作と作法で一礼したのはチャールズ・ハミルトン。
俺の――リアムの父親で、今はパルタ公国の傘下に入った貴族の男だ。
「大公陛下にお目通りかない、恐悦至極に存じます」
「楽になさって、ハミルトン卿。主従関係ではありますが、あなたは魔王様のお父上、必要以上に謙る必要はないのですわよ?」
「恐縮です」
チャールズはもう一度腰を折ってから、ちゃんとした所作を崩さないまま背筋をピンと伸ばして立った。
「本日は何用ですの?」
「はっ、ジャミール王の名でこのようなものが送られてきました」
チャールズはそういい、封を切った封書を一通とりだした。
それを近くの使用人が受け取って、シーラに手渡した。
シーラはそれを受け取って、中身を取り出して目を通す。
「……あら」
途中まで読んだだけで、シーラは思わず、って感じで声をもらし、キョトン顔になった。
『どうしたんだ? 内容は何がかいてあるんだ?』
「もうしわけありませんわ。わたくしも理解に少し時間が必要のようですわ」
「胸中、お察しします」
チャールズは困った顔でそういい、シーラの気持ちに寄り添うって感じの言葉を口にした。
シーラとチャールズ、二人して変な感じになってしまうジャミールからの封書――手紙というのは一体どんな内容なのか。
それがものすごく気になりだした。
「まず……内容をそのままお伝えしますわね」
『ああ』
シーラはそういい、俺は気持ち頷いた。
チャールズは真顔になった。
どうやらこの俺――魔剣リアムに俺が憑依していると知っているって感じの反応だ。
「ハミルトン伯爵家は、末子リアムが魔族であることをうけ、調査した結果四代前に魔族の血が混入していることがわかった」
『へ?』
「……」
俺は間抜けな声を漏らしてしまい、チャールズはますます困り顔になった。
「従って初代アーサー・ハミルトンから異種の血筋が混入されているため、ハミルトン家の爵位に対する権利が存在しなかったことと認めるが妥当――こんな感じですわね」
『えっと、どういうことだ? 魔族の血が入っているのか?』
「どうなんですの、ハミルトン卿」
「まったくの事実無根でございます。念の為に調べてもみましたがやはり……」
「そう……あなたはどうですの? 自分の肉体に魔族の何かが混ざっていると思いまして?」
『そんな事はないし……』
「ないし?」
『それだったらラードーンがとっくに気づいてて、なにかいってきてるはずだ』
「ああ、そうですわね。確か神竜様はあなたのことが気に入って、ずっと体の中に寄宿しているかたちですのね」
『そういってた』
「であれば完全な事実無根ですわね…………ああ、なるほど」
『どういうことだ?』
「こんなやり方ははじめでですが、手法自体はわたくしがやっていた事と同じですわ」
『シーラが?』
「新しい古文書のあれですわ」
『ふむ』
「私は自分に資格があるという古文書を――まあ見つけましたわ」
シーラはそういい、にこりと、いたずらっ子のような顔をした。
そんな事もあったなと、シーラがまだ「屁理屈」を捏ねていた頃の事をおもいだして、ちょっとだけ懐かしく思えた。
「それと同じですわ。向うは過去をねつ造して、資格は実はなかったと主張しているんですの」
「そういうことでございましょう」
『あー……』
なるほど、と思った。
あったことにするのと、なかったことにするの。
真逆のことだが、確かにやってる事は一緒だ。
『でもなんでそんな事を?』
「わたくしもはじめて見るようなやり方ですので、これは推測でしかありませんけれど……」
シーラにしては自信をまったく感じられない口調だった。
シーラもチャールズも、二人の困った顔をみてるとこんな口調になるのも当然だなと密かにおもった。
「おそらく、あなたを焦らせるためですわ」
『焦らせる?』
「このままだとハミルトン家の伝統と歴史がなくなってしまうけどいいのか? ――とは思いますが、ハミルトン卿はどうお考えですの?」
「おそらくはそういうことかと」
『そういうものなのか』
俺はピンとこなかった。
「リアム」には転生してなったものだから、ハミルトン家とか貴族とかにさほど思い入れがないというのがある。
だからシーラとチャールズの、二人の貴族がだした推測にはまったくピンとこなかった。
「ですが……ふふっ、滑稽ですわね」
『なにが?』
「彼らはあなたを魔王と呼び、魔物の血が入っていると汚名を着せようとしていますわね」
『ああ』
「魔物だと呼ぶ相手に人間の感情を期待して、人間の貴族の常識で攻めている。それがすこぶる滑稽で笑えますわ」
『あー……なるほど』
その感覚は何となくだけど、ちょっとだけ分かる。
シーラはその顔のまま、チャールズの方をむく。
「正直におたずねしますわ、ハミルトン卿はこれを――」
シーラはそういって、封書をヒラヒラとさせながら続ける。
「――どう思いますの?」
「……正直まったく思うところがないわけではありません。数代つづいた家系が全て否定されるのは」
そう答えるチャールズ。
なるほどと思った。
ピンとこないやり方だけど、効果は実際あるんだとちょっとだけ感心した。
「ですが、今の私は大公陛下に忠誠を誓った身。この程度のことで何も気持ちは変わりません」
「そう。あなたはどうですの?」
今度はこっちに聞いてきた。
『うん? いや、まあ。なんとも? かな』
正直まったくピンとこないからそう答えるしかなかった。
そう答えると、シーラはクスクスとわらった。
「愚問でしたわね」
『そうかもな』
「ではこれは黙殺ということで」
「御意」
『黙殺でいいのか?』
「ええ、全くの無視でいいですわ。この文面、どうにも切り札として出してきているようですから、それを完全に無視して今まで通りなのが一番堪えるとおもいますわ」
なるほど。
「おそらくですが」
シーラはにやりと笑う。
「これを切り札だと思っているのなら。無視していると同じことを何度か言ってくると思いますわ。いいのか? 本当にいいのか? と」
『ああ』
それは何となく分かる。
無視されて焦った時の行動は他の人間で見たことがある。
だからちょっと納得して。
そしてシーラの言う通り。
それからしばらく、ジャミールから「本当にいいのか?」的な連絡がひっきりなしに飛んで来る様にになるのだった。