411.シーラの予想
シーラの屋敷、リビングの中。
俺、シーラ、そしてアスナの三人がいた。
シーラとアスナはソファーにすわって向かい合っていて、二人の横で魔剣リアムがテーブルに刀身を引っかけて、ソファーに立てかけている。
俺は必要が無いからないが、シーラとアスナの前にはそれぞれメイドが給仕していったティーセットが置かれている。
そんな、ちょっとした昼下がりのお茶会的な感じの中、気つけばアスナが俺の事をじっと見つめていた。
「彼がどうかしまして?」
「うーん、今でもまだちょっと不思議な気分なんだよね。それ、リアムが入ってるんでしょ」
「ええ、そうですわ」
「そうなんだ。全然しゃべらないからなんとなくまだ不思議でさ」
『ラードーンの真似をしてる』
「神竜様の真似っ子のようでしてよ」
俺の言葉をシーラが代わりに伝えた。
シーラを通して出た言葉にちょっとした解釈が入れられることがあるが、意味合い自体は変わってはいない。
「そっかー。じゃあ出てくることもできるの?」
「ええ。ですわよね」
シーラが俺に水をむけた。
俺は一度、依り代である魔剣リアムから外にでた。
盟約召喚である肉体を再構築して、人間の姿になって魔剣リアムの前にたった。
「こんな感じだ」
「おー、本当だ」
目を輝かせて、おもしろい! って感じの表情をするアスナ。
そんな彼女の前で俺は再び魔剣リアムの中にもどる。
すぐにもどったのは――ずっとその中にいるのはラードーンの真似ももちろんあるが、それ以外にも「イメージ」を得たいというのがある。
人間の姿、人間の肉体でいるときの感覚はある。
人間として生まれたから、その感覚は充分過ぎるくらいある。
せっかくこうして魔剣リアムを依り代にしているのだから、ラードーンがやっているように、何かを依り代にしている感覚をもっと養いたい。
ラードーンがやっているのと同じことをして、ラードーンと同じようになりたい。
より魔法を上手く扱えるようになるには、ラードーン――そしてデュポーンにピュートーン。
あの三人のことをもっと見習うことが近道だと思っている。
だから今は特に必要があるでも無い限りは魔剣リアムの中にいるようにしている。
「ところで、こんなことをしてていいの?」
アスナがシーラに聞いた。
「今って戦争中じゃないの?」
「形としてはそうですわね」
「形?」
「ええ、彼のおかげで――」
シーラはあごを俺の方にむかってかすかにしゃくって、いたずらっ子のような微笑みを浮かべた。
「――まったく違う形の戦いになったんですの。それは果たして従来の戦争と言っていいのかは微妙な所ですわね」
「でも、一応は戦争なんだよね」
「それはそうですわね」
「なのにこんなにのんびりしていいの?」
アスナは困惑したままの顔で更に続けた。
「よく分かってないけど、今って優勢なんでしょ?」
「そうですわね」
「じゃあ追撃とかした方がいいんじゃないの? 人手が足りなかったらあたし手伝うよ?」
「ありがとうございますわ。ですが、大丈夫ですわ」
「そうなの?」
「ええ、今は向こうの出方をうかがっている所ですの」
「向こうの出方……」
「先ほども申し上げましたけれど、彼のおかげで優勢ではありますが、従来とはまったく違った形の戦になりましたの」
「うん」
「正直、ここまでわたくしのわがままを全て叶えてくださるとは思っていませんでしたわ。どこかで『それはさすがに無理だ』と言われると思っていましたの」
『そんな事をおもっていたのか』
俺はちょっと驚いた。
俺はここまで、シーラの要望に魔法で応えてきた。
シーラが何かしたいと思うたびに、そのしたい事を詳しく聞き出して、魔法を作ったり既存のものを再利用したりして、それを実現させてきた。
シーラが頼んでくるときはいつも同じような調子だったから、「どこかで無理」って思っているとはまったく感じなかった。
「でも、彼は全てを叶えてくれた。『わたしがかんがえるさいきょうのせんそう』を実現してくれましたの」
「なんかすごそう」
「すごいですわ。わたくしがジャミールやキスタドールの首脳なら、今頃どうすればいいのか頭を抱えているはずですもの。もはや何をしてもダメ、どうしましょうか、って」
「それで出方をうかがってるんだ」
「ええ、正直どうなるのかまったく読めませんの」
「破れかぶれの決戦を挑んでくるってことはないの?」
「ゼロではありませんわね」
「低いんだ、可能性が」
「そうですわ」
『シーラが思う一番可能性が高いのは?』
「そうですわね……」
シーラは少し考えて、俺の方をむいて、答える。
「詳細はまったく予想つきませんが、まったく想像もつかない、前代未聞の何かが来そうですわ」
『前代未聞?』
「前代未聞?」
声にはでてないが、俺とアスナの声が綺麗に揃った。
「そろそろ追い詰められて、錯乱するころですの。だから前代未聞の何かが来ると思いますわ」
「どうなるの?」
「もしそうなれば」
シーラはにこり――いや、にやりと笑い、俺をさしていった。
「彼の功績ですわ」
そう話すシーラの口調が本当に楽しそうに聞こえた。
俺はまだ半信半疑だった。
前代未聞の何かがくるって、本当かな。
同時にちょっと不安だった。
前代未聞のことが来たときに魔法で対処できるのか自信がなかった。
この、数日後。
シーラの予想通り。
ジャミール王国はばかばかしく見える、意味の分からない前代未聞なことをして来た。
俺に追い詰められて錯乱した。
というシーラの言葉がしっくりきてしまうほど、ばかばかしいものだった。