407.アスナ公爵
とある日の昼下がり、シーラの屋敷の庭。
魔剣リアムの姿をしている俺が、庭で人工精霊ジャイロを作っていた。
シーラの統治の鍵となる精霊ジャイロ。帰順してきた村とかに配って、水車小屋の代わりにしてシーラの「ありがたみ」を強くするための精霊だ。
これの失敗は俺の失敗じゃなくて、シーラの統治の失敗になるから、俺はかなり真剣にそれを作っていた。
そんな俺を、シーラは少し離れた所で見守っている。
座ってのみまもりじゃなくて、手を前に組む上品なたたずまいで立ったまま見守っている。
その姿からは今まで通りの気品と、そしてここ最近身についてきたように感じる貫禄が見て取れる。
そんなシーラの元に、一人の使用人がおそるおそるって感じで近づいてくる。
「なんですの?」
シーラは振り向かず、俺に視線を向けたまま使用人に問いかける。
若い男の使用人はビクッとして、汗をだらだらと流しながら頭を下げて答える。
「は、はい。魔国よりアスナ・アクアエイジと名乗る方が来られました。いかがなさいますか?」
「ここにお通しして」
「はい」
男はもう一度頭を下げたあと、まるで赦しを得たかのようなホッとした顔で身を翻したが、歩き出すよりも先にシーラが「それと」と呼び止めた。
「は、はい! なんでしょうか」
「魔国、ではありませんわ」
「え?」
「今後は『本国』とお呼びするように」
ここで初めて、シーラが使用人に視線を向けた。
髪が黒にそまり、口は笑いの形をしているがまるで笑っていない目をむけた。
使用人はビクッ! と跳び上がるほどの勢いで体が強ばったようにみえた。
「ーーっ! も、もうしわけございません」
「いきなさい」
「は、はい!」
許すとも許さないともいわないシーラ。
それが余計に恐怖を駆り立てたのか、使用人は駆け出した――直後に足をもつれさせて、それでもなんとか立て直して立ち去った。
しばらくして、それと入れ替わるかのようにアスナがやってきた。
去り際の足取りがおぼつかない使用人とは実に対照的に、アスナは肩で風を切るような足取りで、長いポニーテールを揺らしながらやってきた。
「お久しぶりシーラさん」
「ご無沙汰しておりますわ、アスナさん」
「あれはこっちのリアムだよね。なにしてんの?」
アスナは俺の方を見て聞いてきた。
魔剣リアムに憑依したままだったから、シーラが代わりに答えた。
「魔法アイテムの制作中ですわ」
「こっちでも同じことしてるんだ、すごいね。というか……今作ってるのもすっごいアイテムだよね、きっと」
「ええ、水車小屋をご存じ?」
「あの便利なやつ? 革職人がつかってる」
「ええ、街では革をなめす用途にも使われてますわね。その代わりとなるものですわ」
「あれがすっごい便利になるんだ、なんだろ、気になるな」
「後ほど実演いたしますわ、アスナさんにこれを担当してほしいんですの」
「あたしに?」
「ええ」
「あたしを貴族にする為に呼んだんじゃないの?」
訝しむアスナ、俺もそう思っていた。
十代以上前までさかのぼると貴族の家だったというアスナ、その名残でめちゃくちゃ大仰な名字を今でも名乗っている。
本人は別に貴族に返り咲きたいという意思はないと言っている。まあ、十代以上前じゃそうだろう。
十代前といえば、ひいひいひいひいひいひいひいじいさんくらい離れてる御先祖様だ。
それが貴族っていわれてるからと言ってもそれがなんだ? ってなるのが普通だ。
俺はそう思うし、アスナも実際にそうだといってる。
だけど、一応は貴族だった家だ。
それを活用するべくってことで、シーラの所で貴族にするという話が前にあがっていた。
それでシーラがアスナを呼び出したってことはその話だと、俺もアスナもそう思っていた。
「もちろんそれもなっていただきますわ」
「どういうこと?」
訝しむアスナ。
シーラは俺の方をみて、説明をする。
「魔王陛下からの下賜品、それの運用を担当する貴族職、無任地貴族になっていただきたいのですわ」
「無任地……貴族?」
「ええ、貴族は領地を持つものですが、領地ではなく役職のみの貴族ということですわね」
「そういうのがあるんだ?」
「過去のいくつかの時代にありましたわ。今はほとんど見かけませんけれど」
「へえ」
『へえ』
アスナには聞こえないが、俺も同じように感心した声を漏らした。
「お願いできまして?」
「うん、いいよ。もともとそのつもりで来たんだし」
「感謝しますわ。では、今日からアスナさんは人工精霊ジャイロのあれこれを担当する――いわば精霊公となっていただきますわね」
「精霊公……公? 公爵様なの?」
言葉の意味を理解し、驚くアスナ。
俺もちょっとびっくりしていた。
「ええ、そうですわ」
「シーラさんの部下だから伯爵とか男爵とかじゃないの?」
「違いますわ」
シーラはあっさりと言い放った。
「わたくしの部下ではありませんわ。あなたもわたくしも――」
シーラはそういい、俺を指さした。
「――魔王陛下の下僕、なのですわ」
「あー……そっかそっか」
納得するアスナ、俺も納得した。
「話はわかったけど、あたしが公爵様か……それ、通るの?」
「魔王様の威光をとことん付けさせていただくことに決めましたの」
「なんだっけ、屁理屈、だっけ? それは?」
「魔王様の威光で、横車を押し通せばなにも問題ありませんわ」
「そういうものなんだ」
「そういうものですわ」
「そっか」
シーラの説明で納得するアスナ。
ここ最近シーラの理屈は全て「魔王だから」で通している。
強引だけど、それで通ってしまうのがちょっと面白いと密かに思っている。
「よろしくお願いしますわ――アスナ公爵」
「あ、うん。よろしくね」