405.死ねない
あえて選んだ、見晴らしのいい平野で、シーラ率いるパルタ公国軍がジャミール軍を待ち構えていた。
離れていても肌にぴりぴりと突き刺すほどの喚声をあげて、突進してくるジャミール軍。
その気勢にパルタ軍の兵は気圧され気味だったが、シーラは馬上から悠然とそれを睥睨している。
『すごい気合だな』
「いよいよ出てきたということですわ。死を恐れぬ者達が」
『ああ……』
なるほどそういうことか、と納得した。
これがシーラが言ってたそれかと、実物を見て納得した。
死を恐れない兵士、決死の勢いで挑んでくる兵士。
そのプレッシャーは確かにスゴイもので、パルタの兵は戦う前から気合で飲まれていた。
『じゃあこっちもあれをだすのか?』
「ええ、その通りでしてよ」
シーラはそういい、手をすぅ、と上げた。
その合図で、背後にいる兵が左右に割れて、奥から異様な風体の一団が現われた。
アルカード率いる、ノーブルヴァンパイアの一団だ。
普段は人間とまったく同じ見た目のノーブルヴァンパイアだったが、今は違う。
肌の色が紙のように、あるいは死人のように真っ白で、体は至る所がケガをおっている。
ところどころ「風穴」があいていて、普通に考えれば到底動けるような状態ではない。
死体が動いている。
そうとしか形容のしようがない見た目だ。
「では――いきなさい」
シーラは命令形の口調で号令をかけた。
兵達の前だから、シーラはそんな口調でアルカードに命令した。
アルカード達はその命令を受けて、しかし返事することなく正面に向かって歩き出した。
ふらふらと、おぼつかない足取りだ。
そうしてアルカード率いるノーブルヴァンパイアはゆっくり進んでいき、ジャミール軍と正面からぶつかった。
遠くにいても分かる位、ジャミール軍の気合が削がれていた。
直前まで「死を恐れないものとはああだ」と言われて納得するほどの勢いだったのが、今やそれがまったくなくなって、代わりに動揺がみられた。
距離が離れていても分かってしまうような、はっきりとした動揺。
『な、なんだこいつらは!?』
『なんでそのケガで向かってくるんだ』
『く、くるな、来るなああ!』
どうなっているのかと思い、魔法で前線の声を拾った。
言葉で拾ってよりはっきりと分かる。
ジャミールの兵士は確かに動揺、そして怯えていた。
アルカード率いるノーブルヴァンパイアの部隊はジャミール軍に精神的ダメージを与えていた。
「どうですの?」
俺が魔法を使ったのをみたシーラが聞いてくる。
『かなり効果が出てるみたいだ』
「でしょうね。あのような姿になってなお向かってこられれば普通は恐怖しかありませんわ」
『シーラの狙い通りだな』
「彼らの演技力もかなりのものですわ」
『おっ、はじまったか』
そうこうしているうちに戦況が更に一段階すすんだ。
ノーブルヴァンパイアに倒され、重傷を負った人間がゆらりと立ち上がってきた。
普通は重傷を負えばその場に倒れてうごけなくなってしまうものだが、立ち上がってきた。
立ち上がったジャミール兵はノーブルヴァンパイアたちと同じような動きをした。
重傷をおって、焦点の合わないうつろな目とふらつく足取りで、仲間だったはずのジャミール軍に襲いかかる。
『な、何をするんだ、やめろ!』
『こっちは味方だぞ、わからないのか!』
「行けましたわね」
『ああ』
「死ねないどころか、化け物になって魔王の手下になる。死を恐れない者達がおそらく唯一恐れる事態ですわ」
『そうだな――あ、崩れる』
効果は予想よりも遙かに大きく出た。
交戦開始してから一時間もたたないうちに、あまりの事態にジャミール軍が潰走をはじめた。