404.人間の英雄と魔王の犬
『どうやって仕上げるつもりなんだ?』
大臣達が退出して、シーラと二人っきりになった。
二つの玉座で向き合うシーラにストレートに聞いた。
「わたくしに斬られ、致命傷のままの者があっちこっちに散っている状況ですわ」
『ああ』
「その『先』を見せたいですわ」
『先って……死ぬってことか?』
「挙兵する直前まででしたらわたくしもそうしていたはずですわ」
『………………恐怖?』
少し考えたあと、その言葉が口からスルッとでてきた。
挙兵する前と今、つまり今回の一件の前後。
その前後で、シーラが変わったことや得たものを考えていたら、自然と「恐怖」という言葉が口から出た。
当然だな、ここ最近色々やってるけど、ほとんど全部が「恐怖」というキーワードを元にやってる。
だから俺はそう思い――そしてそれは正しかった。
「その通りですわ。この話の場合ですと、『死ぬ以上に恐ろしいこと』を『先』として見せつけたいのですわ」
『そういうことか』
「そうなると『死んでも解放されない』と認識されるのがベストですわ」
『……それなら』
☆
その日の夕方、シーラの屋敷の庭。
依り代からでて、人間の姿になった俺と、ドレスの格好でいつもの姿のシーラの前に、魔物の一団が整然と並んでいた。
その中心にいるのがアルカードで、魔物達は全員がノーブルヴァンパイアだ。
ノーブルヴァンパイア、【ファミリア】の魔法で使い魔になって、魔物の国に住んでいる魔物の中で最も人間の姿にそっくりな者達だ。
他にも人間の姿に近しい者達はいる。例えばエルフとか人狼とかギガースとかだ。
しかしエルフは耳が尖っていて、人狼はそもそも耳が獣のそれだ。
ギガースに至っては「人型」ではあるがサイズが大きすぎて人間にはとても見えない。
が、ノーブルヴァンパイアは違う。
見た目だけで言えば彼らは人間とまったく同じだ。
「アルカード以下30名、召喚に応じ参上いたしました」
「急に呼びたててすまないな。えっと――シーラ? 彼らでいいのか?」
「見た目は申し分ありませんわ」
シーラはそういい、アルカードらの方をむいた。
俺には恭しく振る舞っているアルカードらだったが、シーラと交わす視線は素っ気なさが目立っている。
その素っ気なさをシーラは気づいていないのか、あるいは気づいてても気にしていないのか。
シーラはそのまま続けた。
「次の戦いで、特殊な扮装をした上で、先頭にたっていただきたいんですわ」
「承知した」
「特殊な扮装って?」
アルカードは即答でシーラの頼みを受け入れた。
むしろ俺の方がシーラの言葉に引っかかりを覚えて、その事を聞いた。
「重傷者の格好、ですわ」
「重傷者……」
どういう事だと考え込む。
「あなたの力で『致命傷ですんだ』者達のような格好ですわ」
「ああ、いろんな所にちって恐怖をばらまいてる人達のことか」
「ええ。そのもの達は今到底動ける状態ではありませんわね」
「そうだな」
そういう風にしてる。
「ですが、そのもの達のような格好をしたものが、魔王軍側の兵になっていたらどうでしょう」
「えっと……」
「王の力で、死してなお使役される存在となってしまう。ということだろうか」
アルカードは聞き返すような内容をシーラに投げ返した。
内容はそうだが、口調は確信しているような口調だった。
言葉では「だろうか」といっているけど、その口調では「だよね」といっているように聞こえる。
それはどうやら正解だった。
「その通りですわ」
聞かれたシーラはにこり、と笑顔で認めた。
「つまり……死んでも解放されない、って思わせるのか」
「ええ。今各地に戻した者達は重傷を維持していますが、あなたが――いえ、敵がそのようなことをするとは誰もおもわないので、関わったものはすべて懸命に看病・救命をしているはずですわ」
「ああ」
「そこに新たな恐怖、死んだ後は魔王の手先になってしまうという恐怖も加われば、健康なもの達にも恐怖を与えられますわ」
「なるほどな。ここまで利用するって考えてたのか」
「ええ」
シーラははっきりと頷いた。
「『恐怖』を武器にしていった場合、やっかいな敵をいずれ生み出すのは明らかでしたもの」
「やっかいな敵?」
「死を恐れぬもの」
シーラは冷ややかに笑う。
「人間の中には死を恐れぬものは一定数いますわ。そしてそのもの達は今回の様な状況ではより燃えて――俗に『精神が肉体を凌駕する』状態で戦場にでて来る可能性が大ですわ」
「なるほど」
「まあ、そのようなものであろうと、あなたの力の前では鎧袖一触ですけれどね」
「え? じゃあなんでわざわざ?」
「やっかいな事に、そういったものの犠牲が他のものの恐怖を振り払うことがあるかもしれませんの。死を恐れないものの鮮烈な死に様というのは集団や大衆の心に強烈に訴えかけるものがありますの」
「なるほどな……」
「ですが、そのもの達は死は恐れませんが、その分死んだ後利用される――『綺麗に死ねない』ことを恐れますわ」
「ふむ……」
そういうものか、と思った。
そんな俺の胸中を見透かしたように、アルカードが補足する。
「『英雄として死んだはずが魔王の犬になりさがる』、確かにその手のものが恐れる状況かと」
「ああ、なるほど。それはわかりやすい」
アルカードの説明で納得した。
「ということで」
シーラは婉然と微笑む。
「勇敢な者達の心をへし折る手伝いをしてほしいのですわ」
「なら――アルカード、それにみんな」
「はっ」
「今から魔法を作るから、それを覚えてほしい」
「御意」
「「「はっ!」」」
「あらあら、この一瞬で? さすがですわね」