403.ガタガタ
数日たったある日、玉座の間。
シーラは玉座に鷹揚として座り、大臣らを見下ろしていた。
シーラの玉座とは別に、「魔王の玉座」の所に俺がいるからか、大臣達は一様に硬い表情でシーラと向き合っている。
「ご報告いたします、ジャミール王国領、ジャププ、ジャプレ、ルーラルーク、アディペ。以上の四カ所にて領民の蜂起が確認されました」
「ご苦労。経過は追跡して、手は一切出さなくていいですわ」
「御意」
一人報告が終わって、大臣の列の中にもどる。
すると入れ替わるように別の大臣が進み出た。
「ヴヨ、およびエイセを治めている男爵相当の執政官が、水面下で接触を図ってきましたがいかがいたしますか?」
「用件は?」
「我が国への帰順を望んでおられます」
「それぞれの負傷兵は?」
「お答えいたします。ヴヨが約300人、エイセは800人です。ヴヨでは通常の医者がそれにかかりっきりで、負傷兵ではない通常の患者に対応することができなくなっています」
「エイセの方は?」
「こちらはまだ崩壊しておりませんが、嫌気をさして逃げ出す医者がでているとの情報を掴んでおります」
「そう。帰順を望むのならそれなりの証明を持ってきなさいと伝えて。一任しますが、安売りはしないように」
「はっ」
大臣がまた引っ込んで、別の大臣がまた前に進み出てシーラに報告した。
この日は朝から、シーラは大臣らから報告を受けて、いろいろ処理していた。
最初はなんの事か分からなかったが、大臣らの報告は全部ジャミールかキスタドールの、反乱かこっちへの降伏の話だった。
何でそうなっているのかいまいちよく分からないが、シーラが何日か前に言ってた「そろそろ次の効果が出る頃」のことなんだろうな、と何となく思っている。
「商人からです。ジャミール王国領の取引相手から、とにかく薬などを都合してくれ、あるだけ売ってくれ、との要請がきているとのこと」
「あら」
「いかがなさいますか? 状況を鑑み、全て禁輸し締め上げた方がよろしいかと存じますが」
「逆よ」
シーラはにこりと笑う。
まるであどけない少女のような微笑みだが、それが直後の言葉への落差を生む。
「思う存分売らせなさい」
「し、しかし。陛下のお力で負傷兵が多発し、それで薬の需要が増大しているのです。そこに薬を存分に売ってしまえば水の泡ではありませんか?」
「何か勘違いしているようですわね」
「え?」
困惑する大臣。
シーラはフッと酷薄な笑みを作り、魔法を唱えて黒い髪になった。
「傷者を作り出したのはわたくしではありません、魔王様ですわ」
「は、はあ。それはもちろん」
「魔王様のお力にかかった人間はその辺の医者では治せませんの。だから、薬はいくらでも売らせてやりなさい。薬がいくらあっても治らない方がより魔王様のお力を痛感させられますの」
「は、はは! 思慮がたりませんでした」
「よろしくてよ」
シーラはにこりと口角を持ち上げ、髪を黒から元の色に戻した。
その大臣が引っ込んで、また別の大臣がでてきた。
今の話でまたちょっと理解がふかまった。
やっぱりシーラがやったことで、俺と一緒にやったことの結果が、ジャミール・キスタドールの両国の国内情勢をガタガタにしている様子だった。
反乱が起きて、領主たちは近いところから寝返りの打診をして来て、民間では薬が湯水の如く消えていってそれが不足している。
シーラの要請で開発した俺の魔法、魔剣リアムで斬った人間は「致命傷」のままでいる。
死にはしないが、致命傷のままで居続ける。
それによって恐怖とかトラウマとかそういうのを与えるだけだと思ったが、どうやらそれだけじゃなかった。
絶対に治らないケガの治療をするために薬が大量に消費されていく。
それがどうなるのか――想像はできた。
医者と薬がそれに消費されていって、周りにも影響が出始める。
そしてそれが「魔王の力」に依るものだと分かれば、たぶんだけど負傷兵だけじゃなくて周りの人間にも恐怖が伝染する。
そこまで考えて、ふとシーラと目があった。
シーラはにこりと微笑んだ。
その表情はまるで、こうなることまで読み切っていたと言っているような表情だった。
いや、実際に読み切っているんだろう。
数日前にシーラが実際に「次の効果がそろそろでる」といっていた。
あれはこれのことを言ってるんだろう。
さすがシーラだとおもった。
こんなことになるなんて、少なくとも俺は実際に聞かされなければ、事前に何日――いや何年考え込もうが絶対に予想はできない。
シーラはすごいなと思った。
「徴兵に応じる動きが両国の全域で鈍くなっているのを確認いたしました。さすが陛下です」
「何度も言わせないで。さすが魔王様、よ」
「は、ははっ! おっしゃる通りでございます」
シーラがまた黒髪でおどかし、大臣が頭を下げる。
「さて、そろそろ仕上げにかかる頃合いですわ」
シーラは黒髪のまま高らかに宣言する。
その表情のすごみに圧倒されて、味方であるはずの大臣らは一斉に固唾をのんだのがはっきりと見て取れた。