401.便利の圧力
次の日の朝、シーラの自室。
朝のルーティンを一通り終えて、空き時間となったシーラに声をかけた。
『人工精霊の改良が終わったぞ』
「あら、今回は意外と時間がかかりましたのね」
『やっていくうちに細かい改善が次々と思いついたんでな』
「それは楽しみですわね」
シーラはそういい、口をかくしてクスクスと笑う。
育ちのいい彼女らしい、上品な笑い方だ。
魔剣に憑依している俺にはいろいろと丸見えなのは――言うだけ野暮なんだろうなと思った。
それをスルーしつつ、魔法を唱える。
『【精霊召還:ジャイロ】』
魔法陣が一瞬だけひろがって、それと引き換えに人工精霊が現われた。
三つの玉が三角形にならんでいる、昨日も見せたあの人工精霊だ。
シーラはそれを一度見ているからか、再び呼び出したこのジャイロにのぞき込むような姿勢で、至近距離からまじまじと観察した。
「見た目もかわっていますのね」
『ああ』
「球体の一つにだけ切欠がありますわね。ここには何を?」
『これを――【精霊召還:キィ】』
もうひとつ魔法を唱えた。
ジャイロのすぐ側に、一目では何なのかが分からない物体が現われた。
新しい人工精霊、名前はキィ。
ジャイロもキィも、シーラの前、空中に漂うように浮かんでいる。
「これは……切欠と同じサイズですのね。……はめ込むんですの?」
『さすがだな』
俺は素直に感心した。
さすがシーラ、理解が早い。
俺が認めるなり、シーラはキィを手に取った。
精霊だけど無抵抗なキィを、ジャイロの玉の一つにある切欠にはめ込む。
まるで最初から一つだったかのように、キィはジャイロの中にぴったりはまった。
次の瞬間、ジャイロが回り出す。
昨日初めて見せた時と同じように回り出した。
水車小屋の代わりの為に作っただけあって、ゆっくりだが力強い回転だ。
シーラはしばらくそれをじっと見つめて。
「なるほど、こうして二つ揃わなければ動かないということですのね」
と言い当てた。
『そういうことだ。このキィは詠唱に込める魔力次第で召喚時間が長くなる。自分からは何もしないから、ちょっとの魔力でも一年くらいは持つようにしてる』
「あら、では税を納めた所にだけ毎年一つずつ渡す、という使い方になりますのね」
『そうだ』
「これは便利ですわね。…………」
『どうした、考え込んで』
「あなたは先ほど、改善が次々と思い浮かんだとおっしゃいましたわね」
『ああ』
「ということは……ずばり。このキィは最初の最初はどう呼び出しても一年持つ、という感じでしたの?」
『すごいなシーラは』
俺は心底感心した。
『まるで見てきたかのようだ』
「あなただからですわ」
『え? どういう意味だ』
「あなたの魔法はいつも道理が通っている、道筋がちゃんとしている。他の人間に考えつくけど、他の誰も実現出来ないことをやっているのがあなた」
『そういうことになるのか……』
そんな風に思った事は無かったけど、言われてみればそうかも知れない?
「ですから、推測は容易ですわ。思いつくけどできない様なこと、それで考えて行けばいいだけですもの」
『そうか。うん、最初は一年固定だった。けど』
「税の――いえ、あらゆることですけれど、運搬や連絡は何をどうしたって多少の遅れは出ますわ」
『それと天災とかな』
「そうですわね。何かあって被災した土地に、それで税が納められなかったからといって止めるわけには行きませんもの。むしろ」
『ああ、水車小屋の代わり、だから干ばつでも水害でも、それに影響されることなく動き続けることが大事。そしてそれがベースにあれば災害からの立ち直りも早くなる』
「被災した土地には、向こう三年動き続けるキィを渡す事も?」
『できる』
俺は言いきった。
むしろそのために一晩中調整して来た。
「さすがですわね」
『ジャイロに関しては昨日からほとんど変わってない。周りの住人の余剰エネルギーをつかって動き続けるのは変わらない』
「動かすのも止めるのもキィ次第ということですわね」
『そうだ』
「改めてですが……なんてものを作りあげたんですの?」
『褒めてるんだよな、一応』
「大絶賛、そして心から感謝ですわ」
『絶賛は分かるけど、感謝? それも心から?』
ちょっとした感謝なら分かる。
水車小屋に代わるいいものがあれば、領主としてはいろいろと間接的に助かるのはわかる。
が、それはいろいろと、そして間接的に、ってレベルの話。
心からの感謝までいくのか? と不思議がった。
「ええ、心から」
シーラはそういい、また笑った。
どういうことなんだろうと不思議がった。
どうしてそうなんだろうと心から不思議がった。
それを理解するのは数週間後のこと。
水車小屋にとってかわる最新技術、精霊ジャイロの回転。
それがものすごいアドバンテージで、魅力的で。
更に数カ所、それ目当てに有力者が自らシーラの下に降ってきたのをみて、俺はシーラのいう「心からの感謝」にようやく理解したのだった。