40.妖精の蜜
「えっと……ナターシャ。君は……ニア」
頭を振り絞って、ピクシー達に名前をつけながら、ファミリアの魔法で使い魔の契約を結んでいく。
最初の一人とまったく同じ、彼女達は契約の光に包まれて、一人また一人と小さな妖精から見目麗しい美女に変わっていった。
今でもまだ信じられなかった。
「エルフって……あのエルフだよな」
『他にどのエルフがある』
ついこぼしてしまったところに、ラードーンが反応した。
エルフ。
森とか、人里から離れたところとかに隠れるように住んでいる種族。
見た目は人間にそっくりで、言葉が話せて生態も近いから、「亜人」というくくり方をされることもある。
そのエルフと人間が決定的に違う点は一つ、寿命だ。
生まれてから数年間で人間の十代後半くらいの見た目まで成長して、その後数百年間若いまま生き続け、最後はやっぱり若いまま、内臓が衰えて寿命を迎え死んでいく。
生涯にわたって若さを保ち、しかも種族の特性か一人残らず美しいエルフ。
人から隠れるようにして生きてる事もあって、多くの人間には「幻の」で「憧れの」種族だ。
俺もそうで、今まではおとぎ話の中でしかエルフを知らない。
「ありがとう、人間様!」
「大好き! 神竜のお使い様」
そのエルフが、次々と俺に感謝したり、好意を示したりしてくる。
女の子から好きって言われるとそれだけで嬉しいものだ、それがエルフ相手ならなおさらだった。
俺は次々と、ピクシー達をエルフに進化させていく。
「それにしても、なんで名前なんだ?」
『名付けは人間が誰しも行える、原初の呪法だ』
「原初の呪法?」
『大なり小なり、人間は名前通りの人生を送ることになる。それは名付け親が込めた情念が影響するから。もっともわかりやすいのが聖職者がつける洗礼名だ』
「ああ……なるほど。あれって、聖人の加護を、って意味で同じ名前をつけるんだっけか」
俺はなるほど、と思った。
『故に、名付けという行為は自然と魔力が込められるもの。契約魔法とともに、名前を持たぬものに名付けを行ったら、魔力が共鳴して通常以上の効果が生まれる』
「そうなんだ」
『今後、人外で名を持たぬ種族と契約するときは常に名前をつけてやるといい。魔力は余分に消耗するだろうが』
「わかった」
目の前でピクシーが次々とエルフになっているのを実際に目の当たりにしてるんだ。
多少魔力を余分に消耗するとしても、ついでに名前をつけた方がいい、というのは分かるし、そうすべきだと思う。
「えっと……君は……うーん……テレサ! はさっきつけたから、テッサ」
魔力よりも、名前のネタ切れの方が深刻だった。
☆
「お疲れ様です、使者様」
全てのピクシーをエルフに進化させた後、その場でへばっていた俺に、一人のエルフが話しかけてきた。
「ありがとう……えっと、レイナだっけ」
自分が名前をつけといて「だっけ」はどうかと思ったが、最初の一人だとなんとか思い出すことが出来た。
「はい、レイナでございます」
「そうか」
「あの、私達はこれからどうすれば良いですか?」
「え?」
質問にちょっとびっくりして、レイナを見つめ返す。
すると、彼女だけじゃなく、他の――全てのエルフが俺を見つめている事に気づいた。
全員がレイナのように、「これからどうすればいい?」っていう顔で俺を見つめていた。
「どうすればいいって?」
「使者様の使い魔として、何をすればいいのか、ご命令ください」
「ああ、そういうことか」
俺は考えた。
別に、彼女達に何かしてもらいたいって事はない。
ラードーンに言われてきただけなのだから。
「えっと……エルフに進化したってことは、村をつくって、そこで暮らした方がいい。エルフの村をみんなでつくってそこでくらすといい」
「はい、分かりました」
「家を作りましょう」
「人間みたいな家でいいのかな」
エルフ達は口々に、村作り、家作りの事を話し始めた。
かしましい上に、まとまりがないので。
俺は少しだけ考えて。
「レイナ、君が村長をやってくれ」
「私ですか?」
「誰かがまとめなきゃとっ散らかるだけだ。俺に話しかけてきたところをみると、みんなの代表みたいな感じだったんだろ?」
「は、はい」
「だったら村長やれ」
「分かりました! 使者様に気に入ってもらえるような村を作ります!」
元々ピクシーの時からリーダーだったのか、レイナのとりまとめで、エルフ達はすぐに動き始めた。
俺は彼女達がバタバタと動き回るのを何となく眺めながらぼうっとしていた。
契約と名付けで大量に魔力を消費したから、今は動きたくなかった。
ぼうっとしていると、何かを感じた。
空っぽになっているからこそ感じたのかもしれない。
森の更に奥から、高濃度の魔力を感じる。
俺は立ち上がって、魔力を感じる先に向かって行った。
すると、一本の木から、何かがぶら下がっているのがみえた。
何か、というのはそれが木から生えているものではないのは一目で分かったからだ。
果樹にぶら下がっている果実っぽいけど、色合いとか見た目とか果物にはまったく見えない。
それから高い魔力を感じる。
「どうしたんですか使者様」
「レイナ、あれはなんだ?」
「あれ? ああ、あれは私達がずっと集めてたものです」
「集めてたもの?」
「はい、ピクシーは空気に漂ってるわずかな魔力を持ち帰って、一カ所にあつめて濃縮する習性があるんです」
「ミツバチと蜂蜜みたいなものだな」
元々のピクシーの見た目を考えれば、ますますそれっぽいと思った。
『食すとよい』
「え?」
ラードーンがそう言ってきた。
「食すって、あれを?」
『うむ』
「はあ……なあ、あれって、食べてもいいのか?」
「はい、使者様ならいくらでもどうぞ。私達のものは使者様のものですから!」
レイナはあっさりと許可した。
もしかして、集めるだけ集めて、それがどうなるのかはまったく無関心なのかな。
それともエルフに進化したから興味が無くなったのか。
いずれにしても、食べてもいいって言うんだから、食べることにした。
俺は近づき、それを手に取って――おそるおそる食べた。
「――っ!」
全部食べた瞬間、体に魔力がみなぎるのを感じた。
消耗した魔力が回復しただけじゃない、魔力そのものがふえたような感じだ。
もしや――。
俺は詠唱込みで、魔力を高めて、空に向かってマジックミサイルを放った。
それまでの限界を超えた――19。
素数で17の次である19本のマジックミサイルが一斉に飛んでいく。
限界が、また一段階上がった。
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