399.あえて改悪する
「これが……精霊ですの?」
『ああ』
宙に浮かんでいるそれに向かって、身をかがめてのぞき込むシーラ。
色違いの丸い玉が三つ、それが三角形のようにかさなっている。
一番上の玉にはつぶらな瞳のようなものがあって、その「視線」が俺とシーラにむけられている。
「ずいぶんと愛くるしいみためですわね」
『俺もこんな見た目になるとはおもってなかった。なんとなく「人っぽくない」ようにだけはしたつもりだけど』
「人型ではいけませんの?」
『ずっと働かせるのだから人型はどうなんだろうなって』
「あなたらしいですわね」
そんな風にシーラに言われた俺は苦笑いしてしまう。
そのあいだ、作り出したばかりの精霊はぐるっと回転した。三つの玉が左回りで三分の一回転して、上にあった玉が左下に、左下のが右下に、右下のが上にとそれぞれ位置が入れ替わった。
と同時に、上にあったつぶらな瞳が左下に移った――と思いきや、玉を乗り換えるようにして上にもどった。
三つの玉が左回りで一つ分ズレたが、瞳は移動したことで元のポジションを維持していた。
「今の動きは精霊っぽいですわね」
『俺もそうおもう』
「この精霊を働かせるんですの?」
『そのつもりだ。水車小屋の代わりで作ったから――さしずめ「回転」を司る精霊ってところか』
「なるほどですわ。しかし、エネルギーはどうするんですの」
『それは大丈夫、暮らしの余剰エネルギーでまかなうようにしたから』
「暮らしの……余剰エネルギー?」
シーラは首をかしげた。
てっきりここで「なるほど!」とすぐに納得されるもんかと思っていたけど予想外れだった。
『そうか、しらないのか』
「何をですの?」
『これのことだ――』
俺は【アイテムボックス】をとなえ、魔剣リアムの刀身から黒い触手を伸ばして、アイテムボックスの中から小石大のものをとりだした。
「これは……魔晶石」
『ああ、兄さんのおかげで今やうちの特産品になってるものだ』
「純度が高くて高値がついているとお聞きしてますわ」
『兄さんのおかげだ。これと同じ形なんだよ』
「といいますと?」
『この魔晶石って、魔法都市に住むみんなが日々放出してる魔力を自動でかき集めて結晶化させてるものだ』
言うなれば便所で勝手にできてしまう尿石のようなもんだが――シーラには分からない例えだろうからそれはいわないことにした。
「まるで鍾乳石ですのね」
『鍾乳石?』
「ええ、ご存じありませんの?」
『ああ、知らない。でもまあ、何となく想像はつく』
尿石をシーラは知らないだろうなのと同じように、俺が知らない鍾乳石というのが魔晶石のでき方と同じなんだろう。
それが分かるから、俺は深く聞かない事にした。
「ということは……つまり」
シーラは真顔になって、数秒間考え込んで。
「人々が日々の暮らしをしているだけで、精霊は活動し続ける――ということですの?」
『ああ』
さすがシーラだと思った。全くのその通りだ。
『水車小屋が発想の出発点だから、活動内容は回転し続けるだけだけど』
「永続に、ですの?」
『そうだな。まあ、壊されたらそこまでだけど』
「あなたって本当に……」
『え?』
シーラが何故かあきれ顔になった。
いきなりどうしたんだろうか、と俺は
「都合が良すぎるということですわ?」
『都合が良すぎるって、どういうことだ?』
「有り体にいえば武器と同じ話ですわ」
『……ああ、シーラの所に卸すのはちょっと性能が低いものにした方がいいっていう、あれか』
「ええ、それですわ」
シーラは上品に肩をすくめた。
「いくら何でもこれは性能が良すぎですわ」
『そんなもんか』
「手癖でついついスゴイものを作ってしまうのがあなたのすごい所で、それに対してあえて性能の低いものをと要求してしまうのは心苦しい所なのですが――」
『いや、別に問題ない』
「…………ありませんの?」
『というかそもそもこれって欠陥をわざと仕組んで作ってるしな』
「それもそうでしたわね」
『だからまったく問題ない』
「それも本当はすごい話なのですけれども」
『うん?』
「人間は生まれた時は歩けませんわね」
『ああ』
何をいいだすんだ? と不思議がったが、この手の話をしている時のシーラって、ラードーンほどじゃないけど俺よりは遙かに上だ。
俺はだまって話を聞くことにした。
「歩けるようになったあと、赤子の時の『歩けなさ』はできなくなってしまいますわよね」
『歩けなさ…………ふむ。確かに、「歩かない」のはできるけど、赤ん坊みたいな「歩けない」はできないよな』
ちょっと考えて見たけど、赤ん坊の時の記憶なんてないこともあって、それをどうしたらいいのか分からない。
「それですわ。出来る人は大抵『わざとできない』が出来ないものですが、あなたはその辺り自由自在なのがとんでもないですわ」
『そういうもんか』
「ええ、控えめにいえば天才か化け物の類いですわね」
なんかスゴイ評価をもらったけど。
それが俺の「魔法」に対する評価だから嬉しかった。
せっかく褒めてもらったから――ってんで。
俺はより全力で、人造精霊の「改悪」に取り組むことにした。