398.不完全の美
「欠陥のある……精霊?」
形の良い眉をひそめて、俺の言葉をかみ砕くようにゆっくり繰り返すシーラ。
「失敗作をあえてつくるということなんですの?」
『あー……いや、成功は成功だ。狙って欠陥のあるものを作る訳だからさ』
「……ふむ、芸術の世界では稀に聞く話ですが……」
『そうなのか?』
その事にちょっと驚いた。
「ええ。流儀や流派、あるいは芸風というべきでしょうか。『不完全』に美しさを見いだす芸術家は少なくはありませんの」
『へえ……』
正直理解できなかった。
が、俺に理解できないことはこの世でかなり多い。
世の中はいろんな事、いろんな理屈が存在する。
魔法以外のことではむしろ俺が知らない事の方が多いということを、ラードーンとの付き合いを通して理解した。
だからそういうものがある、というシーラの言葉にはなにも疑問は持たなかった。
『俺の場合美しさの為じゃないけどな』
「そうでしょうね。何のために欠陥品を作るんですの?」
『口で説明するよりも実際に見てもらった方が早いだろ――【精霊召還:ノーム】』
前置きをしつつ、地の精霊ノームを呼び出した。
ノームは、キノコによく似たフォルムの精霊だ。
シーラにはいわずに、直接ノームを召喚した理由とやってもらいたい事を話す。
ノームは少し戸惑ったが、「できない」訳じゃないからすぐに俺の言う通りにした。
シーラに近づき、体を擦りよせて甘える。
まるで子犬か子猫かのような愛情表現に、シーラは一瞬とまどった。
「これは……?」
『精霊って、感情がある生き物なんだ』
いってから、「生き物」でいいのか? と一瞬だけ思ったが、今は深く考えないことにした。
「それは何となく知っていましたし――」
戸惑うシーラに、ノームは体を擦り寄せ続ける。
盛大に困惑するシーラだったが、まったく敵意のない精霊に根負けしたような形で、細い手を伸ばしてノームを撫でた。
それでノームが更にスリスリしてくる、それでシーラも更に撫でる――という、正のスパイラルにはいった。
「そう、実感している所ですわ」
『精霊召還って精霊を呼びだして使役する魔法だけど、当然、精霊は酷使すれば消耗する。召喚された精霊は文句一ついわずに働いてくれるけど、表情とかがな――目に見えて消耗していくから、酷使するとこっちの気分も悪くなる』
「……お優しいこと」
『そうか? 普通だろ』
俺は苦笑した。
まさかシーラにそう言われるとは思わなかった。
が、シーラはどうやら俺が思っているような意味で言ったわけじゃないようだ。
「その優しさをもう少し自分にも向けるのを覚えた方がいいですわよ。周りの酷使を嫌う割にはあなた自身が無茶をなさいますわよね」
『そうか?』
「自覚がないのはよろしくありませんわね」
『そうか……覚えておく』
よく分からないことで、実感もない。
だから俺はとりあえず曖昧に受け流しておいた。
『それと最近、くり返し働くようなギミックとか魔法とかを模索しててさ』
「それは耳にしておりますわ」
『それに対する答えの一つがこれ。感情をもたない、ゴーレムのような精霊を産み出して――ってわけだ』
「そうでしたのね。ゴーレムではダメな理由は?」
『俺は魔法をつかう、何かするのを魔法使う前提で考える。魔法が苦手なゴーレムより魔法が得意な精霊にした方がいいって思ってな』
「では魔法の得意なゴーレムを――いえ、精霊という形があるのに、わざわざゴーレムの改良という遠回りをする必要はありませんわね」
『そういうことだ』
さすがシーラだと思った。
俺とちがって専門でもないのに理解が早くてすごいなと思う。
説明がおわったから、シーラにじゃれつくノームに礼をいって、精霊召還をといてかえってもらった。
「それで精霊が生まれる所を見に来たんですのね」
『そうだ』
「必要な感覚はつかめまして?」
『おおよそは。むしろゴーレムよりやりやすい』
「そうなんですの?」
『ああ。ゴーレムは岩という「物体に魔法を付与する」、精霊の誕生は今見た限り「純粋な力の凝縮」だった』
「どちらも難しそうに聞こえるのですけれど」
『ああ、どっちも難しい。精霊の方がやりやすいだけだ』
「そういうことですのね」
『さて……やらせてもらうぞ』
「ええ、どうぞ」
俺はシーラから少し距離をとった。
憑依している剣、魔剣リアムのボディで、シーラから五メートルくらいの距離をとった。
距離をとって、意識を集中して、魔力を高める。
『アメリア、エミリア、クラウディア』
前詠唱をして、魔力を高める。
そして精霊の――ウンディーネで見た精霊誕生の現象をそのままトレースして、魔力をぐっと凝縮する。
誕生の過程の感覚で、「魂」となる部分の生成をあえてすっ飛ばす。
そうして魂のない、「欠陥」の精霊を作る。
やがて、俺の目の前、シーラとの間に真っ白いぬいぐるみのようなものができる。
魂を持たず、何も司らない精霊が誕生した。