396.村人にはアメを
パルタ公国辺境にある、人口200人程度のサースカという名の農村。
一ヶ月前までジャミール王国領だったこの村は、今やパルタ公国――シーラの傘下に収まっている。
シーラはこの村がパルタ領になってから初めて訪れた。
シーラは100人の兵を率いて、村にやってきた。
自分は馬にのって、100人の兵は徒歩だ。
そして村の入り口にやってくると、数人の男が村の入り口で出迎えていた。
シーラは手綱を巧みにさばいて、男達の前で馬の足を止めた。
兵達も同じように止まる。
「お待ちしておりました、大公陛下」
男は全部で五人、先頭にいる壮年の男が頭を深々と下げると、他の男達もそうした。
シーラは馬上から冷然とした表情のまま男達を見下ろした。
「長はだれ?」
「申し遅れました」
先頭の壮年の男が頭を下げたまま一歩進み出てから、顔をあげてシーラに答える。
「この村の長、フォー・ハッシーと申します」
「……若いのね」
シーラはフォーと名乗った男と、その背後にいる他の四人にぐるっと視線を一周させた。
フォーはみた感じ二十代の後半か、三十の半ばはまだ過ぎてないくらいだ。
それに対して他の男達は全員が五十手前という感じで、ならんでいるとはっきりとフォーの方が若く見えた。
「恐れ入ります?」
「いつから長になったの?」
「少し前に父が病に倒れ、その後を継ぎました」
「そう」
頷かずに、視線を村に向ける。
俺も村の方に意識を向け、気配を探った。
村の人間はこの五人以外姿を見せていないが、家屋の中から気配を感じる。
更に探ると、窓やらドアやらの隙間からこっちをのぞいているものが大勢いた。
『他の村民は家の中からこっちを見てる。殺気や敵意はない、怯えが半分で不安が半分だ』
「ありがとうございますわ」
シーラは俺にだけ聞こえる程度の小声で応じた。
「使いのものから話は聞きましたわ。わたくしに降る――でよろしいんですの?」
「はい。私達は大公陛下に刃向かう意思はありません」
「以前はどういう条件だったの?」
「地代は穀物での現物支払い。それ以外では水車小屋の使用税、初婚における婚姻税、教会へ支払う教会税となります」
「そう。地代はそのまま、教会税は同じ額を魔王様に支払う魔王税に、婚姻税は当分廃止。よろしくて?」
「寛大なる処置ありがとうございます」
フォーがいうと、他の四人もそれにつづいて感謝の言葉を口にした。
内容はよく分からないが、二つが維持で一つは廃止というのはわかるから、普通に税金が減るというのは俺にでも何となく分かる。
ふと、もうひとつあってシーラが言及しなかったことに気づいた。
「あの……水車小屋の使用税は……?」
フォーが下手にでて、おそるおそるって感じでシーラに聞く。
俺も疑問に思っていた所だ。
水車小屋の使用税は、たぶんだけど領主が設置した水車小屋を使うことで払う税金だ。
「水車小屋はいずれ取り壊しますわ」
「ええ!?」
フォーを始め、村側に動揺が走った。
よく通るシーラの声が家屋の中にまで伝わったから、中からも動揺するざわつきが聞こえてきた。
「な、何故でしょうか大公陛下。水車は農作業に、普段の生活にももはや欠かせないものです。取り壊す事だけは」
「安心なさい」
「え?」
「そのうちもっといいものを作ってあげますわ」
「もっと……いいもの?」
「ええ」
シーラがそういい、フォーらが困惑する。
俺はなるほどと思った。
俺の出番、という訳だ。
水車小屋は文字通り水車がある小屋で、川に取り付けた水車が絶えず回転を続け、その回転する力をいろいろ活用する施設だ。
上手くやれば人間が力を消費する事なく一日中何か単純な作業をさせ続けることができる。
欠点はといえば、雨が降らない日が続けば、川が干上がり当然使い物にならないのと、使い道がかなり限定されるということだ。
使い道がピタッとはまれば働き続ける優れものだが――魔法をかなり使える今の俺からすれば改良点の塊にしか見えない。
そしてたぶん、水車小屋は結構な割合であっちこっちの村にある。
俺がいいものを作ればあっちこっちに使えるわけだ。
それはいいんだが。
『いいのかシーラ?』
「なにがですの?」
シーラはフォー達に聞こえない程度の小声で俺の質問に聞き返してくる。
『もっと恐怖を、じゃなかったのか?』
「何を言ってるんですの? 恐怖は『持ち帰ってもらう』ものでしてよ」
『……ああ』
「持ち帰らない、わたくしに恭順した者達に必要以上に恐怖を植え付ける必要はありませんわ。むしろ」
『むしろ?』
「一度恭順した者達が離れられない程度のアメを与えなければですわ」
なるほど、と俺は納得した。
確かにシーラの言う通りだ。
考えが及ばなかったけど、まったくもってシーラの言うとおりだった。
自分の民にまで恐怖をガンガン植え付ける必要性なんてどこにもない。
「理想は」
『理想は?』
「今の水車小屋のように、あなたが他の国では真似できないものをつくって、わたくしから離れられないようにすることですわ」
『だったらいま思いついたいいものがある』
「さっそくですか、すごいですわね」
シーラはにこりと、感心した様に笑った。
「楽しみですわね、どんなものですの?」