395.どっちもあなたから
街外れにある、元は豪商の巨大な屋敷を改造して造った施設に、シーラが来ていた。
外周の塀にそってぐるっと一周歩くだけで一時間はかかってしまうほどの広大な敷地の中にだだっ広い空き地があって、そこで100人ほどの武装した兵士が訓練を行っていた。
その訓練を、シーラは少し離れた所に台を作り、その台の上に登って魔剣リアムを杖代わりにして立っていた。
魔剣を杖にして訓練する兵を睥睨するその姿は風格と、実年齢よりもはるかに貫禄を醸し出している。
当然の如く、そのシーラをちらちらと気にする兵が続出したが、シーラはその都度叱咤して訓練に集中させた。
『なあ、これは何をしてるんだ?』
「兵の訓練でしてよ」
『さすがにそれは分かる。分かるけど、何か普通とは違う狙いがあるんだろ?』
「あら、どうして?」
『シーラはぼうっと兵の訓練を見ているほど暇な立場じゃないだろ?』
そうなのだ。
シーラは既に一時間以上、兵の訓練に立ち会っている。
今のシーラの立場、そしてやるべき事の多さを考えたらこんな事をしている余裕はないはずだ。
なのに、している。
『普通に考えたらやらないことをあえてやってるんだから何か狙いがあるんだろ?』
「ええ、そうですわ」
シーラは婉然と微笑んだ。
「実は用兵を根本から変えようとしていますの」
『根本から?』
「人間が出兵する時の流れをご存じ?」
『えっと……』
俺は考えた。
分からないことの方が多い俺だが、これは実際に経験している事だから分かる。
『兵を動員する領主がそれぞれ統治する村やら町やらにお触れを出して、それで村とかが登録してる人口から割合で兵をだす。それを領主が指定した所で集合して、戦場にむかう――だったかな』
「ええ、そのとおりでしてよ。よくご存じですわね、さすがですわ」
珍しく魔法以外のことで褒められたせいか、俺はちょっと調子にのって、更に語った。
『領主たちも基本は農閑期に招集をかけるけど、たまに繁忙期でもかかることがある。その時は「穀潰し」の出番になる』
「穀潰し?」
『ああ、俺のむ――特定の地方だけの呼び方かもしれないけど、普段何もしないで村にすんでるだけの奴らを、そういう時に代わりにいけって差し出すんだよ。領主側からしたら村から決まった人数さえ来れば問題ないからな』
「それも知っていたのですわね」
『ああ』
俺は頷く。
リアムになる前にいた村にもそういうのがいた。
農作業に向いてなくて、普段からなにもできない「穀潰し」だけど、それでも村人たちで少しずつ食糧をだしあって最低限食わせて、そういう時にいかせる様にしてる。
「知っているのなら話が早いですわ。それが用兵をかえる理由の一つですわ」
『どういうことだ?』
「元が農民ならいざ知らず――いえ農民でもですが、そういう『穀潰し』が戦勝側にいたときの略奪が農民よりも、場合によってはやとった傭兵よりも、略奪の度合いがひどい傾向がありますわ」
『あー……』
確かに、って俺はおもった。
戦に出かけて戻ってきた時、戦に勝った場合それなりに戦利品を持ち帰ったり、その自慢話をしたりするもんだが、確かに「穀潰し」の方がどぎつく色々やってるな。
普段村で肩身の狭い思いをしてる分――っていう感じだ。
「その略奪をなるべく減らしたいのですわ」
『減らすのか?』
「ええ。兵の略奪は恨みを買いますが、恐怖にはなりませんわ」
『あー……』
確かに、と俺は納得した。
戦の後の略奪はお決まりのようなもんだ。
村から動員されて戦場にいくものたちも、そういうのを期待していってる。
当然、略奪をやられる側は恨みを持ったりするが、だからといって略奪されるかもしれないという事に恐怖を感じない。
まったくないわけではないが、シーラが与えようとしている「恐怖」とはまったくの別物だ。
「わたくしがなしたことに対する恐怖、それに付随する恨みなら喜んでうけいれますわ。しかし兵がやったことで恐怖もない恨みを買うのは御免被りますわ」
『ふむ』
「それに対する解決策の一つがこれですわ」
『この兵達のことか?』
「ええ。戦の時だけ動員する農民兵ではなく、常に飼っておく――いわば常設兵といった所でしょうか」
『常設兵……』
「しっかり訓練をする。普段からわたくしの恐怖――ここでも使いますわ。わたくしの恐怖でしつけつつ、他の職業よりも多少割のいい給金を与える」
『飴と鞭ってわけか』
「ええ。自分の兵ですわ。恐怖だけではなく飴も与えますわ」
『ふむ……?』
「飴でそれなりに満足しつつ、恐怖で押さえつければ、戦勝後の略奪も抑えられますわ」
『ああ、なるほど』
俺は素直に感心した。
そういう話だったのか、と話が繋がった。
『すごいな、シーラは』
シーラを褒める、本気で感心している。
俺が今までシーラと一緒に作ってきた魔法なら、その恐怖で兵に略奪をさせないくらいどうってことはない。
そこにシーラは味方の兵だからってことで、飴も与えるというやり方が上手いと思った。
ものすごく理にかなっている、俺でも分かる位にだ。
この飴と鞭なら、確かにシーラが作ろうとしてる常設兵たちは略奪をする気も起きないだろう。
それで本気で感心した。
したのだが――。
「魔法ではありませんが」
『うん?』
「飴もあなたからまなんだものでしてよ?」
『俺から?』
「あなたの麾下の魔物たち、人間を倒しても町を陥落させても、一切命令に反した略奪とかなさいませんでしたわ」
『ああ……たしかに』
普段とか、【ドラゴンスレイヤー】の一件の時とか。
たしかにみんな略奪はしてないな。
「普段からあなたに飴をたくさんもらっているからでしてよ」
『そういうものなのか?』
「ええ、そう思いますわ。だからすごいのはあなたですわ」
シーラはそういって、またこっちをちらっと気にする兵を叱咤した。
それも俺から学んだものだと言われたら悪い気はしなかった。